第十二話 炎都の王子

(愚かな…眼前の獲物に目が眩み、自らが置かれた状況も察することが出来なくなっていたか…)

 村に生えている菩提樹の上。深く葉が生い茂るその太い枝の根元に身体を埋め、影は開け放たれた小窓の内側を見ていた。その部屋の中には三人の人影と、かつて人であったろう首、そこから切り離された無残な胴体が見てとれる。

(隙を見て射抜くか…?いや、あの二人は油断ならん…。それにアサト無しでは…奴はこれを最後の機会と見ていたようだが…)

 ふふっ、と影が笑った。

「…面白い。しばしその動向を見させてもらうぞ、炎都の王子よ」

 ガサッ、と菩提樹の葉が揺れる。次の瞬間には影は闇夜に溶けその姿を消していた──


「…もう一匹鼠が嗅ぎ回っているようだな。…どうする、始末するか?」

「いえ…。もう行ってしまったようです。追いかけても無駄でしょう」

 ウルヴンはイリアスの元へと近寄った。

「お怪我はありませんでしたか」

「…うん、大丈夫」

 にこりとウルヴンが微笑む。それを合図にしたように、イリアスは深くため息を付き、ベッドへ腰を下ろした。

「いいのか。タジルカーンへ報が届くかも知れんぞ」

 血で濡れた刃を布で拭いながらガトラはウルヴンに再び尋ねた。

「それは無いでしょう。確かに二人は仲間のようでしたが…連携が取れていたとはお世辞にも思えませんし、恐らくはアサトの先走った単独行為かと思われます。王都との繋がりは彼自身のみが得ていたかと。それに…」

「それに?」

「今、王都に向かったとしても、それはただ任務に失敗したと報告に上がることに他なりません。報奨どころか斬首もあり得る状況に自ら置くことはないかと」

 あ…、とガトラが声をこぼす。と同時に納得したようであった。

「それよりも…目の前の状況をなんとかしましょう。平和な村ゆえ、事後処理が大変です」

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