第九話 酒宴と告白
その夜、村は特別な賑わいに包まれていた。井戸のある西の広場には、普段置かれていないテーブルと椅子がいくつも用意され、大勢の村人が酒と料理を口にしていた。
「アル、おめでとう。これでお前も一人前だな」
一人の村人がアルの持つカップに自分のカップを少し乱暴にぶつけた。
「ありがとう。村の皆のおかげだよ」
「どうだ、俺のところで働かないか。ライ酒はいいぞ。それとも、もうウルヴンとガトラに宛てがわれているのか」
「いや、えっと…」
答えに窮するアルはキョロキョロと周囲を見やると、ある人物を見つけた。
「…ごめん、ちょっと」
立ち上がり、アルはその人物の元へと向かった。
「アサト、イレーヌ」
二人がアルの方へと振り向く。
「やあ、アル。おめでとう」
「本当にね」
屈託のない顔でアサトとイレーヌが揃って微笑んだ。
「うん、ありがとう」
「これでキミもフェイを支える立派な男衆の一人となったわけだ。新参者の私達にとっては先輩になるね」
「そんな…アサト達はもう十分に村に馴染んでるし」
「ううん、私たちはまだまだ。日々の生活に追われているだけだから。…そういえば」
一息ついてイレーヌがアルに尋ねた。
「最近、元気がなさそうだけど…大丈夫?何か悩みでもあるのかしら」
「あ…うん…」
少し表情に陰りを作り、アルが答えた。
「これからウルヴンが皆に説明すると思うけど…この村を出ることにしたんだ」
「…えっ、それはまた急に」
驚いた表情でアサトが呟いた。イレーヌも少し顔を強張らせてアサトを見た。
「どうしたんだい?何か目的でも…出自に関して分かったとか」
「うん…あ、ちょうどウルヴンが」
アルの言葉通り、ウルヴンが椅子に座るロマーノ翁の隣へと立つと、手をパンパンと鳴らした。広場によく通るその音に、村人たちは話を止める。しばしの静寂が流れた。
「皆さん、ご歓談の最中にすみません。少しお時間をいただきたいのですが」
小さく咳払いをして、ウルヴンが続けた。
「本日はアル様が十五になられためでたい日。八年前、行く場所を失くしていた我等三人を温かく迎えていただき、あらためて謝意を述べたいと思います。そして本来ならば、アル様にはこの村を支えるべき職を決めていただき、村の発展に寄与いただくのが筋かとは思いますが…」
何人かの村人たちが拍手をして囃し立てる。ウルヴンはそれを片手で静かに制すると、さらに続けた。
「しかし…誠に申し訳ありませんが、この記念すべき日を迎え、我等三人はこの村を去ることを報告せねばなりません。皆様、長くお世話になりました」
しん、と沈黙が流れる。やがて一人の村人がそれを破った。
「…おい、どういうことだ。この村が気に入らないのか」
「そうだ、別に去ることは構わないが、こんな日に…冷たいじゃないか。理由を教えてくれてもいいんじゃないか?」
ウルヴンは黙って頷き、その声を聞いている。
「…皆、落ち着くように。その理由についてはわしが報告を受けている」
ロマーノ翁が目の前の村人たちを見やり、続けた。
「しかし…残念ながらそれを今は伝えることは出来ない。一つ言えることは、三人は大いなる志を得て旅立つということだ。その意についていずれ語る日も来よう。今は納得することは出来ないかも知れんが…わしの顔に免じて笑顔で送り出してやってくれんか」
再び沈黙が流れる。一人の村人がガトラに言った。
「ガトラ、本当か。すぐに旅立つのか」
普段とは違い、大人しく俯いたガトラが小さく呟いた。
「…すまない。翁の言葉通り、今は全てを語ることは出来ない。しかし、いずれ…いずれは皆に胸を張って真実を語れる日が来ることを、俺は信じている」
そう言って、ガトラは前を真っ直ぐに見据えた。村人はその気に押されて言葉を継げずにいたが、ゆっくりと頷くとガトラに向けてカップを差し出した。
「よし、ならば今宵はアルの誕生祝いと三人の送別会だ。徹底的に飲むぞ!」
その言葉を合図にわあ、と広場に賑わいが戻る。ウルヴンとロマーノ翁も穏やかな表情へと戻っていた。両の手にカップを持ったアサトが二人の元へと歩み出る。
「…ウルヴン、ガトラ。ならば旅立つ前に私の持つ酒蔵を空にしていってもらうよ」
「ああ、もちろんさ」
夜は更けつつある。その中にあって、アルとノアだけが笑顔を取り戻せずにいた。
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