第七話 記憶(一)

 …兄様…


 ──遠くから声が聞こえる。


 …こわい、兄様、…どうすれば…


 ──誰だ?どうしたらいい?…逃げる?何処へ?


 …お父様…サドゥーロイ兄様…


 ──誰だ…ボクは…どうすれば…


 …若…こちらへ…一刻の猶予も…


 ──お前は…?


 若…振り向いては…


 …助けて…


 ──駄目だ、その手をボクは…


 …若…


「…若!」

 アルが目を開けると、ガトラが心配そうに覗き見ていた。普段はあまりかくことのない汗が首筋を流れ落ちるのが分かる。

「若、大丈夫ですか?」

「ああ、平気…」

 緩慢とした動きでアルはベッドから起き上がった。

「ウルヴンは?」

「半刻ほど前に出かけましたよ。今日は会合なので」

「ああ…」

 アルはベッドの横で焦点が定まらないままに着替えはじめた。

「若、本当に大丈夫なんですか…」

「うん、平気だよ。ただ…例の夢の頻度が増してきているみたいで…」

 ガトラは言葉を継げずに心配そうにアルを見ている。

「ウルヴンの言う…その時というのが近づいているのかもしれない…。ねえ、ガトラ」

「…はい」

 姿勢を改め、ガトラは着替えの終わったアルに向き直った。

「ボクは気の弱い、小さな人間だ。これから知ろうとする自らの運命に飲み込まれてしまうかもしれない。キミの慕ってくれているアルという人間ではなくなってしまうかもしれない。…それでも…それでもボクはキミに、キミの存在に寄りかかってもいいのかな」

 僅かにアルが笑ってみせた。ガトラはそれを見てギュッ、と一度強く目をつぶると、また真っ直ぐにアルを見据え、力強く答えた。

「もちろんです。このガトラ、若の支えとなることこそが至上の喜びなのですから」

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