第57話 制服でカラオケ 3
ご機嫌な
正直言うと、こいつは心配しなくてもいい気はする。なんせこいつは悪いとまではいかなくても、あまり歌は上手くないならだ。
現にさっきの点数だって七十四だったし、九十なんて取れるわけないだろう。
……そう過信していた俺を殴ってやりたい。
今画面に表示されている点数は九十三点。ギリギリとはいえ鳴美が俺の点数を超えたのだ。
鳴美は「ふぅ」と息を吐きながら、額の汗を拭う仕草を見せてくる。
「鳴美、お前歌下手だったよな?」
「けーくんはいきなり酷いね。別に私は歌うの苦手じゃないよ?」
「じゃあさっきはなんで低かったんだ?」
そう尋ねると、鳴美は唇に指を当て、
「だって遊んでたんだもん」
と答えた。
「なにか違うのか?」
「えっとね、遊んでるときは音程とかなにもかも気にしてないから」
「それはいつもじゃないのか?」
そう尋ねると、鳴美は「失礼だねっ!?」と声を荒らげた。
マイクの電源が切られていなかったのか、鳴美の声が部屋中に響き渡る。
「うるせぇなっ、ちゃんとマイクは切っとけよ」
「うぅっ、ごめん~っ」
鳴美は両手で耳を押さえながら涙目で謝ってきた。どうやら自分でもダメージを受けたらしい。
「まぁいい、次から気を付けろよ?」
「うん」
鳴美はしょんぼりと頷き──次の瞬間には満面の笑みを見せた。
「ねぇけーくん」
「ん? なんだ?」
「私さ、けーくんに勝ったよね?」
「……そうだな」
なんとなく、鳴美の言わんとすることはわかった。
「わかったよ、なにがいいか考えとけ」
ため息混じりにそう言うと、鳴美は「うんっ♪」と強く頷いて機嫌良さそうに揺れ始めた。
「けーくんのー、ごーほっうびー♪」
そんな幼稚な歌を歌う鳴美が、とてもバカにしか見えない。
こんなんで高校生なんだよな……。
◇ ◇ ◇
鳴美の次に立ち上がった
「ん? この曲は……」
「わかりますか? 青マジのオープニングですよ」
「やっぱりか」
一之瀬さんが選んだ曲は、今放送しているアニメのオープニング。俺と
知っている、というか自分も好きな曲なので少し期待して耳を傾けていたのだが……。
こ、これはなんというか……あれだな。
一之瀬さんは決して下手ではない。音程だって外していないし、声だって上擦っていない。だが……熱が籠っていなくて、とても機械的に聞こえる。
さっきの曲はまだよかったのに、どうしてこうなった。
なんて終始苦笑を浮かべていると、まさかの点数は九十六。またもや俺の点数を超えてきた。一之瀬さんは静かにマイクを置き、薄い胸に手を当て息を吐く。
「どうですか慧先輩、超えましたよ?」
「……あぁ、わかったよ。なにがいいか考えとけ」
もう面倒になってきて適当に頷くと、一之瀬さんは俯きがちになって頬を仄かに赤く染めた。
なんなんだろう。
一之瀬さんの次、つまり最後にやって来たのは
自信満々にマイクを手に取る先輩は、長い黒髪を掻き上げそのたわわな胸と共に体を揺らす。
先輩が歌おうとしているのは、オタクでも知っているようなラブソング。言ってはなんだが、曲の雰囲気と先輩が全く合っていない。
「大丈夫ですか先輩、それ歌えます?」
「慧君、わたしをバカにしないでくれるかしら?」
「いえ、おっぱい先輩は充分おバカだと思いますよ」
反論してきた九条院先輩に、一之瀬さんがため息混じりに言い返す。
ってか、おっぱい先輩って。
ちょっと笑いそうになってしまった。
なんてことをしている間に前奏が始まり、一之瀬さんといがみ合っていた九条院先輩は体でリズムを取り始める。
慣れているのか、少しだけ様になっていた。そして──、
「なっ」
「……むぅ」
「これはっ」
「ひぇ~」
表示された点数に、俺たち四人は思わず声を漏らす。
それを愉快そうに眺める九条院先輩は、とても気分が良さそうだ。「ふっ」とご機嫌に笑みを溢している。
そうなるのも無理はないだろう、なんせ表示されていた点数は驚愕の三桁、つまり百点だ。
これには誰も口を開くことなく、ただただ静かに黙るだけ。
その沈黙を、九条院先輩は笑顔で破って──、
「じゃあ慧君、全員にご褒美よろしくね♪」
「……はい」
その後、俺たちはなんやかんやで四時間も歌い続けた。全員の声が枯れたのは言うまでもない。
妹がいればいいんで、青春ラブコメなんか必要ない 吉乃直 @Yoshino-70
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