第53話 一時的なエピローグ的なにか

 あれから特に変わったことはなく、気付けば夏休みを前にしていた。

 

 日は高く昇り、燦々さんさんとした光を俺たちに躊躇いもなく降り注いでくる。

 

 まったくもって暑すぎる。俺はシャツの胸元を引っ張りパタパタと扇ぐ。

 

 気休め程度にしかならないが、ないよりはマシだろう。

 

 だが……。

 

「なぁ鳴美なるみ、いい加減離れてくれ」

 

 俺は腕に抱き付いてくる鳴美の頭を押し返すが、鳴美は「やーっ」と駄々を捏ねる。

 

 こんな暑いのに抱き付いてくるとか、どういう精神してんだこいつ。

 

 あのかおるですら暑すぎて抱き付いてこないのに……。

 

 夏の日射しと鳴美のウザさに、俺は深くため息を吐くのであった。

 

 

     ◇   ◇   ◇

 

 

 そんな前置きを終えて放課後。俺は薫に呼び出され旧校舎の屋上へと向かっていた。

 

 そこは過去二度ほど一之瀬いちのせさんに呼び出しを食らった場所。どうして薫がそこを指定したのかと俺は首を傾げるのみ。

 

 理由を考えながら静かな階段を上がっていくと、ふと聞こえてきたのは話し声。屋上で誰かが言い合っているようだ。

 

 屋上を指定したのは薫だから、今言い合っているのは薫とその他の人物ということか?

 

 俺は少しばかり早足で駆け上がり、もう見慣れてきたボロい扉を開け放つ。

 

 そこには俺の愛する妹の薫、金持ち社長の娘の九条院くじょういん先輩、そして銀髪少女の一之瀬さんがいた。

  

 三人はやって来た俺を見つめしばらく固まり、やがて薫がこちらへと駆け寄ってきて、二人から隠れるように俺の背後に回る。

 

 

「お兄ちゃんっ、二人にいじめられたっ!」

 

 ビシッと薫は二人を指差す。

 

「それは本当か?」

 

「違うわっ!?」「違います!?」

 

 確認を取ると二人は全力で首を振って否定した。どうなんだ? と薫に確認すると、薫は「てへっ♪」と舌を出して笑った。

 

 まったく、困った妹だな。そう苦笑しながら薫の頭を撫でていると、前方から非難するような視線が二つ送られてくる。

 

「なんですか」

 

「いえ、けい君は本当に呆れたシスコンさんだということを改めて認識したのよ」

 

「気に食わないですが、私も同じです」

 

 珍しく意見を合わせる二人に驚いていると、ふと開けっ放しになっていた扉の奥から、階段を駆け上がってくる足音が聞こえてきた。

 

 なんだろうと振り向くと、姿を現したのは超絶にウザい鳴美。屋上に着いて早々膝に手を突き荒くなった息を整えている。

 

「お、お持たせぇ……ぐふっ」

 

「鳴美ちゃんごめんね、急かしちゃって」

 

 申し訳なさそうに謝る薫に、鳴美は「気にしないで」と苦笑しながら咳き込む。

 

 こいつはバカなんじゃないか? いやバカだったわ。(確信)

 

 

「それで薫、どうして俺たちをここに呼んだんだ?」

 

 鳴美も息を整え終えある程度落ち着いてから、俺はそう切り出す。

 

 薫は頬を掻きながら「そのぉ……」と気まずそうに言葉を濁した。

 

 なんだろう? そう首を傾げていると、薫はなにな小言を呟きながらふらふらと近付いてきて、

 

「えいっ」

 

 と、そんな掛け声と共に抱き付いてきた。

 

 宝石よりも輝いている瞳が、九条院先輩と一之瀬さんをまっすぐ見据えている。

 

 なんだこの状況。

 

 そう唖然としていると、なぜか当の二人は「ぐぬぬ」と唇を噛み締め恨めしそうに俺を睨んでいた。

 

 なんでだよ。

 

「お兄ちゃん、夏休みはいっぱい遊ぼうねっ」

 

「ん? お、おう」

 

 状況整理もできないまま話を進める薫。俺は戸惑いながらも了承する。

 

 すると二人はより一層眉間にシワを寄せ、親の仇を見るような目で俺を睨み始めた。

 

 怖い怖い怖いっ。

 

 二人の迫力に戦いているなか、薫とは反対側からひょいっと顔を覗かせてきた鳴美。

 

 なんかすっげぇすがるみたいに俺を見つめている。

 

「けーくん、私とも夏休み遊んでくれる……?」

 

 少し不安そうに尋ねてくる鳴美に、俺はついため息を溢す。

 

 どうせ断っても家が正面なんだなら意味ないんだよな……。

 

 現に去年もその前も、「ダメだ」としっかり断っているにも関わらず、朝リビングに向かえば鳴美がいる次第。訊いてきてはいるがこっちの意見などまったく無視なのだ。

 

 だから俺は「好きにしろ」と気怠げに溢す。すると鳴美は瞳を輝かせ「やったぁぁぁっ!」と暴れだした。

 

 落ち着けよ。

 


 なんてやり取りをしていて忘れていたが、ふと殺気のようなモノを感じ正面に目を向ける。

 

 そこには完全に般若と化した九条院先輩と一之瀬さんが、今にでも殴り掛かってきそうな勢いで俺を睨んでいた。

 

 俺は思わず「ひぃっ」と情けない声を漏らしてしまい、薫がおかしそうに笑う。

 

 いやいや、なんで薫は笑っていられるんだよ。普通に怖すぎたろ。

 

 薫のメンタルの強さに驚いていると、おもむろに二人が近付いてきた。

 

 俺は初めて、命の危険を感じた。これはヤバい。

 

 そう恐怖していると、二人は俺の目の前に立ち獰猛な肉食獣ですら射殺せそうな視線をジッと向けてくる。

 

 ヤバい、冷や汗が止まんねぇ……っ。

 

 そう震えていると、二人は同時にゆっくりと口を開いた。

 

 

「慧君」「慧先輩」

 

「はっ、はい」

 

「当然わたしたちとも」「遊んでくれますよね?」

 

 双子のように息を合わせ言葉を紡ぐ二人に、俺はただ何度も頷くのみ。

 

 ここで断ろうものなら、俺に明日はないと思う。

 

「そう、ならよかったわ」

 

「えぇ、安心しました」

 

 なんということだろう。先程まで充満していた殺気は嘘のように霧散し、二人は歳相応の華やかな笑みを浮かべた。

 

 薫は不満げに頬を膨らませているが、今回ばかりはどうにもできない。

 

 あとでたくさん頭撫でよう。

 

 そんな決意と共に、俺たちの放課後は幕を閉じたのであった。

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