第51話 一之瀬さんの伝えたいこと
もちろん
だがまぁ、なんだ。あまり長時間無視していると、こいつは本気で泣きかねないので声音で感情をある程度察しなければならない。
本当にめんどくさい幼馴染みを持ったな、俺。
そう悲観するも、隣に薫がいてくれるだけでなにもかもが幸せだ。だから俺は、そろそろ泣き出しそうな幼馴染み頭を掴み、髪型が乱れるくらい雑に撫でてやる。
「あぅぅぅっ、なっ、なにするのさけーくんっ」
「うっせ、お前がそろそろ泣きそうだったからフォロー入れてんだろうが」
そう答えると薫が「そうだねー」と笑いながら同調する。それに対し鳴海は頬を膨らませて不満げをアピールしてきた。
「もぅ、二人とも私を子供扱いしてるね!?」
「あぁ、当然だろ」「ううん、全然」
……仲の良い兄妹でも、意見が違うときなど多々あって然るべきなのだ。
それはさておいて。
結局、この日も鳴海に構ってしまい薫との時間が潰れてしまった。まったく、ダメ幼馴染みには苦労を掛けられてばかりだ。
◇ ◇ ◇
なんて日常のワンシーンを切り取りながら、俺は重たい足をどうにか上げ階段を登る。
今は楽しかった登校時より結構な時間が経った放課後。俺はまた例の後輩に呼び出されこの旧校舎に来ていた。
まったく、今日こそ薫と仲良く帰ろうと思ったのに。また問題起こしそうなやつに呼び出されてしまったものだ。
俺は前世に大罪を犯しているのだろうかと非現実的な逃避をしていると、気付けば屋上の扉が目の前にあった。
嗚呼、神よ……胃薬ください。
そう切実に願いながら、俺は古びた扉を開ける。ホラーゲーム顔負けの緊張感が俺の胃を襲ってきた。
綺麗に保たれた屋上に、一人佇む北欧系銀髪美少女。そよぐ銀髪が日を反射したように煌めき、彼女の周りだけ別世界のように思える、そんな光景。
俺は呼び出し人である彼女にゆっくりと近付く。
「やぁ
「なんで先輩は来て早々帰ろうとしてるんですか」
ワンチャンいけるかな? とか思いながら尋ねてみたが案の定帰してもらえないらしい。一之瀬さんは呆れたように「いいですよ、って言うと思いますか?」と溢す。
「で、早く済ませてくれないかな」
作戦Aがダメなら今度は作戦B、早く帰りたいからさっさと済ませろにシフトチェンジだ。
一之瀬さんは頭を押さえ深くため息を吐いた。
「もう、
「なにがだ」
「早く性処理を済ませろなんて、普通後輩に言いませんよ?」
「普通の後輩は勝手に人の言葉を改竄しないと思うんだが」
こいつの頭の中は真っピンクなのだろうか。もはや脳内に桃源郷でも作っていそうだ。
そう呆れていると、一之瀬さんは「冗談はさておき」と閑話休題。真剣な面持ちでまっすぐ見つめてきた。
珍しく真剣な様子に、俺も態度を改める。
「慧先輩は疑問に思いませんでしたか?」
「なにがだ?」
「入学して早々、なんの接点もない後輩が先輩に付きまとうことにですよ」
言っていることは、十中八九一之瀬さんのことだろう。
というか、自覚あったのか。そっちに驚きだわ。
なんて考えながら俺は「まぁなぜだろうとは思ったな」と答える。
すると一之瀬さんは俺から視線を逸らし、遠い空へと目を向ける。そして「あるんですよ」と呟いた。
「私と先輩、接点あるんです」
「……は?」
俺は一之瀬さんの言っていることがわからず、頓狂な声を漏らす。
俺と一之瀬さんに接点がある? つまり過去に会ったことがあるということか? それもすれ違ったとかそういうことじゃなく、言葉を交わした的な。
そんなことあっただろうかと記憶を遡っていると、一之瀬さんはヒントを与えるように「受験の日」と溢す。
受験? と首を捻っていると、一之瀬さんは「ダメですか」とため息を溢した。
「正解発表です。……私は、先輩に助けてもらいました」
「は? 俺が一之瀬さんを?」
「はい」と一之瀬さんは強く肯定する。
「寒空広がるあの日、私は受験のためにこの高校に来ました。ですが、丁度着いたときに気付いたのです、筆記用具を忘れていたことに」
筆記用具──その単語に、なにかが引っ掛かった気がした。
それでも思い出せず悩んでいると、一之瀬さんは気にせずに続け出す。
「家とここは割りと近いですが、それでも往復三十分以上掛かってしまい、取りに戻ったら受験できません。かといって筆記用具なしにもまた然り」
一之瀬さんは懐かしむような声音で言葉を紡ぐ。「そのときです」と一之瀬さんは改めて俺を見つめてきた。
「どこからかやって来た先輩が、筆記用具をくれたのです」
「あ……」
その一言で俺は思い出した。
そう、それは受験の日。俺は薫の付添人として一緒に学校に来ていた。薫を送り出してさてどこで時間を潰そうかと考えていたとき、絶望したように俯いた少女を見付けたのだ。
そうか、あれが一之瀬さんだったのか。
思い返せば、確かに髪は銀髪だった気がする。髪型は変わってるし、薫が合格したことがとても嬉しくてすっかり忘れていた。
「そして私は無事受験に合格し、ここに入学することができました」
「だから、付きまとっていた?」
「そうですね」と一之瀬さんは頷く。
「最初は一言お礼が言いたかっただけでした。でもいざ会ってみると言えなくて……」
一之瀬さんは申し訳なさそうに表情を曇らせ、目を伏せる。かと思いきやキッと潤んだ瞳をまたまっすぐ向けてきた。
「それに先輩はそのことを忘れていましたし。だから私は思い出させようと……あとお礼をしようと何度も先輩の元に行きました」
その言い方だとお礼が二の次になっている気がするんだが。そんな突っ込みを呑み込み、「そうか」と相槌を打つ。
「それで気付いたら……」
「気付いたら?」
口籠る一之瀬さんに聞き返すと「なっ、なんでもないです」と頬を赤らめた。
なんだというのだ。
「こほん。……これが今日、私が慧先輩に言いたかったことです」
「そうか、忘れててすまんな」
「いえいえ、先輩からしたらどうでもいいことだったでしょうし、もういいです」
「今はこうして話せていますから」と、ホントにわからないくらい一之瀬さんは小さく微笑む。
「じゃあ、そろそろ私は帰りますね」
「お、おう?」
俺が先に帰るわけではないのか。なんて首を傾げていると、一之瀬さんは小走りで近付いてきて──俺の首筋を甘噛みしてきた。そのまま一之瀬さんは、唖然とする俺を置いて一人屋上を去っていった。
「なんなんだ、ホントに」
俺は噛まれたところを触れながら、後輩の行動にただただ首を傾げることしかできなかった。
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