第50話 頭のおかしい九条院先輩
閉ざされた図書室の奥。そこには先輩に馬乗りされている俺と、俺を馬乗りしている
日常からかけ離れすぎたこの光景を、もし誰かが見ようものなら俺の人生は終わってしまうだろう。
そんな現実逃避を終え、俺は馬乗りしている九条院先輩をまっすぐ見つめ返す。
「退いてください」
「嫌よ」
「重いです」
「慧君? 今すぐ家に連れていこうかしら?」
正直な感想を述べると、九条院先輩は頬をヒクつかせ不穏なオーラを放ち始めた。
これ以上言うとヤバいことになりそうなので口を閉ざしておこう。
さて、どうやって現状を切り抜けようか。というかそろそろ
待ってないだろうかと心配していると、ふと九条院先輩がトンッと軽く叩いてきた。
「こんな状況でも、貴方は妹さんのことを考えるのね」
「だから心を読むの止めてくださいって」
「私だって読みたくて読んでいるわけではないのよ? ただ慧君がわかりやすいだけよ」
そうなのか? そう首を傾げていると、九条院先輩は「まぁいいわ」と溢しおもむろに両手を自らのスカートへと伸ばし、
「これでも、意識しないのかしら?」
中がしっかり見えるくらいにたくし上げた。
姿を現したのは透けていて布面積の少ない黒色の下着で、なんとか紐で止まっている。俗に言う紐パンというものだ。
なんというか、先輩に合っている気がする。端的にいってとてもエロい。
あぁ、こんな場面を薫に見られたら、一週間は口利いてもらえないだろうな。
そんなことを考えていると、九条院先輩が「どうかしら」と尋ねてきた。
「なにがですか?」
「興奮したかしら?」
「全然」
「そ、そう……」
九条院先輩は「やっぱり慧君はシスコン近親相姦クズ野郎なのね」と溢し、残念そうに表情を曇らせた。
残念なのは先輩の思考の方だろ。なんて突っ込んでみたが、九条院先輩はそれを聞き流しスカートから手を離して考える素振りを見せる。
早くそれが無駄だと気付いてくれ。
◇ ◇ ◇
あれからどのくらい経っただろうか。窓から差し込んでくる日が茜色に染まり始めた頃、いまだ先輩は俺の上に乗り頭を悩ませていた。
この人頭良いはずなのに、こういうときだけ悪いんだな。そうため息を吐いていると、なにか思い付いたように「そうだわ」と先輩は手を叩く。
「なんですか? ロクなことじゃないとは思いますけど、一応訊いてみますよ」
「私の胸触るかしら?」
「触らねぇよバカ」
「…………………………え?」
先輩は驚いたように言葉を漏らし、目を見開いた。
やっべ、先輩があまりにもバカなこと言うもんで、つい本音が出てしまった。反省反省。
「驚いたわ……貴方もそんな荒い口調で話すのね」
「まぁたまに出ちゃいますね。すみません」
いくらバカで阿呆な先輩でも、一応先輩なので雑な言葉遣いをしてしまったことを謝る。
だが先輩は「気にしてないわ」と言い、なぜか恍惚とした表情を浮かべ、
「慧君に乱暴に扱われるのも、いいものね」
と微笑した。
「先輩、病院行ってください」
「あら酷いわね、私はただ強気な慧君もいいかなと思っただけよ?」
「そういうのいいんで、早く退いてくれませんかね?」
「多分薫が探してると思うので」そう言うと九条院先輩は「そうね」と頷いてみせた。
おぉ、素直に退いてくれるのか。と安堵すると、先輩は期待を裏切るように「早く済ませてしまいましょう」と──え?
唖然としていると先輩はブレザーを脱ぎ、シャツのボタンを上から順番に外していく。鎖骨のラインや黒い下着、柔らかそうなお腹などが露になっていく。
「じゃあ慧君、優しくするから貴方は天井のシミでも数えているといいわ」
「それ普通は男のセリフですよね」
そう突っ込みを入れながら、そろそろ力ずくで先輩を退けようかと体に力を入れ──ガチャ。
閉められていたはずの鍵が開いたような音に、俺と先輩は同時に扉へ目を向ける。
ゆっくりと開けられた扉から現れたのは、鍵を片手に持った薫。アメジストのような瞳から光が消え失せ、ただならぬ殺気がひしひしと伝わってきた。
「か、薫……?」
「お兄ちゃん……帰ったらお説教ね♪」
笑顔が怖すぎて、俺は頷くことしかできなかった。
九条院先輩はいつの間にか俺から距離を取っていて逃げようとしていたが、すぐに薫に捕まりお説教されていた。あれが俺の十数分後の姿のだろう。
やっべ、冷や汗が止まらん…………。
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