第49話 九条院先輩に引っ張られて
月曜日。その日も普段と変わらず平穏な学校生活を送っていた。
休み時間には
そんな変哲もない時間が過ぎて放課後。俺は昼休みに薫から「用事かあるから待ってて」と言われていたので、大和とオタ会話をして時間を潰していた。
そんなときだ、俺の平穏を崩す足音が聞こえてきたのは。
俺たちと同じように教室に居残り雑談していた者たちは、総じて教室前方の扉に視線を向け口を閉ざす。
それはとても異様な光景で。気になってそちらに視線を向けてみれば、そこに立っていたのは俺の知る──いや、全校生徒の知る有名人、
先輩は鬼気迫る様子で、いつもより高圧的な印象を受ける。
今だけは関わりたくないな。そんな願いはバッサリ切り捨てられ、九条院先輩は俺を捉えるとまっすぐ向かってきた。
コツコツという足音が、やけに響いて聞こえる。先輩が一歩俺に近付くことで、悪寒も一層高まっていく。
これはヤバい。そう感じ逃げ出そうとした瞬間──伸びてきた手が俺のネクタイを掴んだ。
「どうして逃げようとするのかしら?
「先輩が異様に怖いからですよ……っ!」
質問に正直に答えると、先輩は「へぇ」と面白そうに微笑んだ。訂正、目が笑っていない。
これは交渉しても離してもらえない。そう確信した俺はすぐさま作戦を変更。俺の友人へと視線を送る。
「ほほう、これは面白くなってきましたのぉっ!」
「クソがッ」
が友人は助けてくれるのではなく、傍観を選んだ。伊達眼鏡を光らせ、「ぐひひひ」と心底気持ち悪い笑みを上げている。
くそっ、地獄から這い出てでもこいつぶん殴ってやる……ッ。
そんな意を込めて睨み付けていると──、
「ひっ」
「あら、可愛い声を上げるのね」
不意に耳に息を吹き掛けられ、頓狂な声を漏らしてしまった。クラスメイトの視線が痛い。
「ふふふっ、そんな可愛い姿見ちゃうともっとイジめたくなっちゃうわね……っ♪」
蒼い瞳を妖しく光らせ笑みを溢す先輩は、さながら獲物を捉える狩人のようで、俺はつい怯んでしまう。
ぐぅっ、なんなんだ今日は!? 全人類で一番不運な気がするんだがっ!
そんな叫びを読み取ったのか、九条院先輩は「酷いわね」と泣き真似をする。
「まぁいいわ、話したいことがあるから移動するわよ」
「ど、どこにですか」
「決まってるじゃない」と先輩は嗤う。
「私たちの愛の巣よ」
◇ ◇ ◇
クラスメイトたちの誤解を解く暇もなく先輩に連れてこられたのは、『本日休み』の看板が掛けられた図書室。
この先輩は俺との話し合いのためだけに図書室を休みにしたらしい。それでいいのか学校。
なんて突っ込みを入れられる空気ではなく、俺は静かに先輩に続く。
図書室に足を踏み入れると、ふと後ろからガチャと音がした。
「先輩、今の音はなんですか?」
「鍵を閉めたのよ。誰か入ってきたら困るもの」
誰か入ってきたら困るようなことを今からするつもりなのか。
嫌な予感が的中してしまった。そう頭を抱えていると、先輩が「もっと奥へ行きなさい」と命令してきた。
ちょっとムカッとして抵抗しようとしたが、向けられる視線の圧に逆らえず、俺は大人しく先輩の指示に従う。
『くっころ』ってこういうときに使うんだよな……。
もはや諦める他ないと覚悟していると、ふと足になにか引っ掛かった。
なんだろと視線を下へ落とし──不意に強く体を押された。犯人はもちろん九条院先輩しかおらず。
俺は立て直そうとしたが足に引っ掛かる〝なにか〟のせいで対応できず、情けなく床に倒れてしまう。
「なんのつもりですか、九条院先輩」
俺はせめてもの抵抗として、俺を見下ろす先輩を睨み付ける。
だが先輩はどこ吹く風で、感情の読めない瞳でまっすぐ俺をみつめるのみ。
なんなんだよ、この状況。
そうグルグルとひたすら考えていると、九条院先輩はおもむろに近寄ってきて、俺の腹部に馬乗りになった。
「先輩、本当になにするつもりですか?」
「なにって、既成事実を作るのよ」
「きせ……は?」
チョットナニイッテルカワカンナイ。
「すみません先輩、言ってることが理解できないんですけど」
「あら、いつもは頭が良いのにこういうときはてんでダメなのね」
「大したラノベ主人公気質ね」と先輩は微笑を浮かべる。
なんだその不名誉なあだ名は。
「先輩、冗談はいいんで──」
「私は冗談なんて口にしてないわよ?」
「……」
「ねぇ慧君、貴方以前に
「見たんじゃなくて見せられたんですよ」
そう言い返すと、先輩は「ふぅん」と興味なさそうな反応を示す。
「嬉しかったのかしら?」
「なんとも思わなかったですね」
「あらそうなの」と先輩は嬉しそうに微笑み、すぐに呆れた調子で「シスコンだからなのかしら」と言ってきた。
「違いますよ」
「なら、女の子のパンツに興奮はする?」
「その質問を正直に答える男子はいませんよ」
いるとしたら猿並みのバカだけだ。
そう返すと、先輩は口角を上げ妖しく嗤い、
「じゃあ私が興奮するよう調教してあげようかしら」
「あっ、そういう趣味ないんで遠慮しておきます」
俺は空かさずそう返す。
SMとか全然興味ないからな。
「じゃあ仕方ないわね」
先輩はため息を溢し、俺の頬にそっと手を添えてきた。
「なら、〝普通〟に愉しませてもらおうかしら♪」
九条院先輩は蠱惑的に微笑む。唇を這う舌がやけに艶かしく見えた。
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