第46話 薫の服選び

 落ち着きを取り戻して。俺とかおるは電車を乗り継いで、いつぞやに一之瀬いちのせさんとデート(強制)をしたショッピングモールに来ていた。

 

 他にも選択肢はあったのだが、いつ聞いたのか薫が「氷雨ひさめちゃんだけズルいっ、私も服選んでほしいっ!」とねだるのでここに来たのだ。

 

 俺としては鳴海のときにも約束していたわけだし別に異論はない。だがまぁ、あそこまで対抗心を剥き出しにするとは思ってなかった。そんなに新しい服がほしかったのだろうか。

 

 それはともかく。俺としては一之瀬さんと名前で呼び合うほど仲良くなっていたことに驚きだ。まぁ多分あのときだろうが。

 

 

 改めて。久々にやって来たショッピングモールは、相変わらず女性客が多い。やはりレディースが多いからだろう。

 

 まぁそんなことはどうでもいいので、俺は薫と仲良く恋人繋ぎをしながら案内板で行き先を話し合う。

 

「薫、どこがいい?」

 

「えっとね……」

 

 薫はまじまじと案内板を見つめ、唸り声を上げる。かと思うと、突然「氷雨ちゃんとはどこに行ったの?」と訊いてきた。

 

「そうだな、大体の店は行ったが」

 

 俺は四階の案内を見つめ、端にある店を指差す。それは特別デザイン性の高い(ちょっとおかしな服も取り扱っている)店だ。

 

「ここで服買ったな」と言うと、薫はなんの迷いもなく「じゃあそこに行こ」と言い出した。

 

 薫がいいなら俺は気にしないのだが、あそこのお店にはその……際どい服も幾らかあるので、少し心配だ。

 

「早く行くよ、お兄ちゃん」

 

「お、おう」

 

 どうも今日の薫はグイグイ引っ張ってくる。

 

 なぜだろうと考えながら、俺は薫と共に四階を目指した。

 

 

 さてやって来ました例のお店。本日も変わらずファンタジーチックな物からなんだそれと言わずにはいられない物まで揃っている。

 

 正直この店の店長には脱帽だわ。

 

 まだ見ぬ店長に敬礼していると、薫がジト目で「なにしてるの?」と尋ねてきたので、俺は「なんでもない」とだけ答えた。

 

「ならいいや。早く私の服選んで?」

 

 薫は先程の呆れたような表情から一転、目を輝かせて上目遣いでお願いしてきた。

 

 俺はもちろんと強く頷き……やっべ、どうしよ。

 

 前回は一之瀬さんが取り上げたものから選んでいたので、一から自分で選ぶのはとても難しい。

 

 ただでさえファッションセンスには自信がないのに、薫の服を選ぶとなると緊張してしまう。

 

 いや、こういうときは立ち止まっていてはダメだ。少しでも多く服を見て薫に似合う物を見つけ出そう。

 

 そう気を改め、俺は薫と一緒に店内を巡る。

 

 やっぱり薫に似合うとしたら髪の色に合わせて青系統だろうか。今もそうだが薫は普段から家でもショートパンツを穿いていることが多いし、スカートを選んでみてもいいかもしれない。

 

 うぅ、考えれば考えるほど色んな選択肢が出てくるな。迷ってしまう。

 

 あっちこっちと服やらスカートやらを取っては薫に合わせ、また戻すの繰り返し。なかなかしっくりくるものに巡り会わない。

 

 そこで脳裏を過ったのは、店の奥にあるより一層デザイン性が高くなっている服。あれなら薫の神聖的なオーラにも合うかもしれない。

 

 そう考えた俺はすぐさま直行。まず一番にチョイスしたのは水色を基調とした、袖や裾がフレアになっている半袖のブラウス。胸の辺りにフリルが重ねてあり、ややボリューミーに見える。

 

 ふむ、この店では比較的普通だし、なんでここにあるんだろうな。そんなどうでもいいことを疑問に思いながら、「こんなのはどうだ?」と薫に奨めてみる。すると薫は腕を組んでジーッと見つめ、

 

「びみょー」

 

 と答えを出した。どうやらこれではないらしい。

 

 俺はその服を戻すと、すぐに別の服を探し始める。

 

 どうにかして薫の気に入ってくれる、似合う服を探さなければ。

 

 少しだけ焦っていると、後ろから「試着してきてもいい?」と薫が尋ねてきた。

 

 なにか気になる服でもあったのかと思いながら「いいぞ」と返し、俺は服探しを再開する。

 

 

 それから数分して、ポケットに仕舞ってあるスマホが振動した。

 

 こんなときに誰だと確認すると、送信者は先程試着しに行った薫。

 

 なにかあったのかとメールを開くと「見せたいから試着室に来て」と書いてあった。

 

 なんだ、それだけか。俺は安心しながら、一旦服選びを中止して試着室へと向かう。

 

 試着室は何個か並んでいたが、一番手前側に薫が履いていたヒールがあったためすぐにわかった。

 

「薫、来たぞー」

 

 そう声を掛けると中から「じゃあ開けるねー」と聞こえ、シャーッとカーテンが開けられた。

 

 薫が来ていたのは大きな青い水玉の描かれたワンピース。これまた普通な服で、これといって特にはなにも──ん?

 

「なぁ薫、その服透けてないか?」

 

 俺の見間違いでなければ、水玉模様ではない地の白い布が透けている気がする。

 

 念のためと訊いてみると、薫はきょとんとした顔で「そうだよ?」と答えた。

 

「…………って、え?」

 

「面白いねー」

 

 いや、面白くない。というかとても危ない。

 

 胸元や下腹部などはちゃんと水玉で隠れてはいるが、脇や二の腕、太ももなどは透けて見えてしまっている。もしかすると、後ろも透けてしまっているのかもしれない。

 

 そう別の意味でドキドキしていると、薫が「後ろも見てみて」とクルリと回った。

 

「ぶっ」

 

 俺は思わず吹いてしまった。

 

 どういう意図で作ったのか、背中のところやお尻に当たる部分の水玉が小さく、薫が下に着けている下着が少し見えていた。

 

 く、黒色か……薫もセクシーな下着を着けるんだな。

 

 そんなところに目を奪われていると、薫がこちらを向き直して「どうだった?」と尋ねてくる。

 

「取り敢えず……却下で」

 

「んー、わかった」

 

 薫は特に不満を言うわけでもなくカーテンを閉めた。

 

 よし、次から薫が試着する服はチェックしよう。そう強く心に留めながら、俺は服選びを再開した。

 

 眼福だったな、なんて思ったのは内緒だ。

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