第43話 テスト結果 2


「フゥゥゥハハハハハッ!」

 

 

「どうしたんだ大和やまと、気でも狂ったか?」

 

 突如馬鹿げた高笑いを上げた友人に俺は尋ねる。

 

 いや、こいつがおかしいのは普段から変わらないが。だがこうも女子が多い環境でこいつが普段通りでいられるとは思えない。

 

 現に昨日は逃げているし、いつぞやの図書室では空気に徹していた。それが周りの目を気にせずに普段通りの高笑いを上げるなど、気が狂ったとしか考えられん。

 

 だが大和は「愚問だな」と口角を上げ、シャキーン! と効果音を口に出しポーズを決めて紙を見せつけてきた。

 

 これは同じく国語の小テスト。点数は──、

 

「きゅっ、九十九点、ですって?」

 

「そんな、ありえないです」

 

「こんなおかしな先輩が」と一之瀬いちのせさんが溢す。

 

 言いたいことはわからなくもないが、それは大和が可哀想だぞ。

 

「それにな、こいつは勉強は嫌いでもテストは毎回九十台だぞ」

 

 そう補足してやると、大和は腰に手を当て「フンッ」と胸を張った。

 

 その仕草に、その場の誰しもが「うわぁ……」と声を漏らした。多分だが、皆の大和に対する評価が一段と落ちただろう。当の本人は気付いていないが。

 

 知らぬが仏、というやつかも知れんな。

 

 

「……で、鳴美なるみはどうだったんだ?」

 

 話題を変えようと、いまだ死んだ顔の幼馴染みにそう尋ねると、鳴美は無言で震えながらこちらに紙を渡してきた。

 

 どうやら、自分で公開するほど気力が残っていないらしい。

 

 鳴美が離れたのを確認して、渡された解答用紙を捲る。

 

「じゅう……よん、てん……だと?」

 

 俺は思わずその点数を口に出してしまった。

 

 屋上の空気が凍り付く。誰もが気まずそうに目を伏せ、俺の呟きが聞こえたのか鳴美が跳び跳ねてビクビクと震えている。

 

 まぁ、わかってはいたが……これは酷い。

 

「よ、よし……次に行くか」

 

 俺は重たい空気に耐えきれず、話を変えようとする。

 

 すると九条院くじょういん先輩が「待って」と口を開いた。

 

「まだけい君の点数を聞いていないわ」

 

「は? 俺の点数?」

 

 そんなことを知ってなにになるというのか。そう返そうとしたところで、俺に視線が集まっていることに気付く。

 

 どうやら、言わなければ先に進まないようだ。

 

 俺は頭を掻いて、ポケットに突っ込んでおいた解答用紙を広げる。扱いが雑だとか聞こえるが、それは無視だ。

 

「それで慧君の点数は──っ!?」

 

 真っ先に覗き込んできた九条院先輩は目を見張り、息を呑んだ。

 

「私、百点って滅多に見たことないのだけど」

 

「そうなんですか、先輩なら百点くらい量産してそうですけど」

 

 そう言うと、九条院先輩は「残念ながらそれはないわね」と苦笑を浮かべる。

 

「さすがは慧先輩です、百点だなんて」

 

 九条院先輩に続いて感想を漏らしたのは一之瀬さん。なんだか向けられる瞳に尊敬が籠められている気がする。

 

 まぁなんだ、素直に尊敬されるのも悪くないな。

 

 なんて少し気恥ずかしく思いながら、俺は咳払いで話を変える。

 

「それで次は数学だかおる

 

「うん」

 

 薫は頷くと同じように紙を公開する。

 

 赤のインクで書かれた点数は九十二。これまた高得点だ。

 

「偉いぞー」と頭を撫でてやると、薫は頬を綻ばせ「んふふ♪」と笑みを溢す。

 

「……で、皆も点数を言いたいのか?」

 

 そう目を向けると、九条院先輩と一之瀬さんが強く頷く。薫のブレンズは全力で首を振っている。

 

 まぁいいか。

 

「それじゃあ早くしちゃってください」

 

 そう催促すると二人は同時に解答用紙を見せてきた。

 

「九条院先輩は八十点で、一之瀬さんは九十五点か。なかなか高いですね」

 

「じゃあ次いこうか」と口にすると、またもや「えー」との不満が上がる。また俺と点数を言わなければならないのか。

 

「ほら」

 

 俺はもう一枚ポケットから紙を抜き取り、床に滑らせる。

 

「これも百点ですって!?」

 

 九条院先輩に続き、一之瀬さんが「頭おかしいです」と呟く。

 

 別に、ちゃんと授業受けとけばこのくらい普通だろ。

 

 なんて言ったら薫以外の全員から睨まれた。なぜだ……。

 


     ◇   ◇   ◇

 

 

 気を改めて。最後は英語の点数、これで薫にご褒美をあげるか否かが決まる。

 

 まぁ、来たときに自信満々だったし、大丈夫だろ。

 

「じゃあ薫、英語を見せてくれ」

 

「うんっ」

 

 薫は自信満々に頷いて──、

 

「って八十点か」

 

 自信満々の割りに結構ギリギリなんだな。まぁ八十点以上ではあるわけだし、これでご褒美は確定だ。

 

 さて、どんなご褒美をお願いされるのかな。

 

 そう考えていると、薫は笑顔で「ご褒美よろしくね♪」と微笑んだ。

 

「え? 俺が考えるのか?」

 

「うん、そうだよ? それまで含めて罰だもん」

 

 な、なるほど、確かに俺が考えなきゃいけないなら罰といえば罰らしい……のか?

 

 正直薫にしてあげたいことはたくさんあるし、俺としては罰にもならないわけだが。

 

 いや、あれだろう。これは薫がほしがっているモノを考えろ、ということなのだろう。そうなると難易度は急激に上がる。

 

 これは、じっくり考えないとな。

 

 ちょっぴり責任を感じていると、九条院先輩と一之瀬さんがジッとこちらに視線を向けていることに気付く。

 

 ……あぁ、そうか。

 

「どうぞ」と促すと、二人は嬉々として目を輝かせ解答用紙を床に置く。

 

 九条院先輩は安定して九十四点、そして一之瀬さんは、

 

「ほぅ、百点か」

 

 思わず感嘆を漏らすと、一之瀬さんはこれ以上ないほど目を輝かせ薄い胸を張る。

 

「まぁこれでもハーフですし? 英語くらい余裕ですよ」

 

「実は英検準一なんですよ」とまたまた薄い胸を張る一之瀬さん。それは純粋に感心できるな。

 

 九条院先輩が悔しそうに唇を噛んでいて、それはそれで面白い。この二人はやっぱりコンビを組んだ方がいいんじゃないか。

 

 そう考えていると、上機嫌になっている一之瀬さんが「先輩はどうなんですか?」と尋ねてきた。

 

 俺はポケットに残った最後の解答用紙を引き抜き、一之瀬さんに見せる。

 

「ひゃ、百点ですか……さすがですね」

 

 頬を引き攣らせ、そう言葉を漏らす一之瀬さん。薫ブレンズに至っては完全にドン引きしている。

 

 心外だなぁ、しっかり勉強すればこのくらいはできるのに。

 

 

「まぁいい、それじゃあ俺は薫のご褒美を考えておこう」

 

「よろしくね、お兄ちゃん♪」

 

「おう」と返し、俺はやっと昼食が摂れると息を吐きながら蓋を開け──キーンコーンカーンコーン──と昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、

 

「「…………」」

 

 大急ぎで弁当を食べ、俺たちはそれぞれの教室へと走るのであった。

 

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