第42話 テスト結果 1
小テストがあった日の翌日、つまりは水曜日。
どのクラスも本日中には小テストがすべて返ってくる、つまり
一緒に通学路を歩いている薫の表情が強張っているのはそのせいだろう。
まぁ薫は勉強できる方だし、そこまで緊張する必要はないと思うのだが。
「そーだよ薫ちゃん! 薫ちゃんなら大丈夫だから緊張しなくていいんだよっ!」
「お前はもっと緊張しろよ赤点常習犯」
俺の内心に合わせたように励ましの言葉を掛ける
なんせこいつは既に一教科死刑宣告を受けているのだ、この様子だと他の教科も補習行きは免れないだろう。
どうしてこいつはいつもいつもいつも……。
「お前が追試食らうとこっちにも迷惑が掛かるんだから、もっと頑張ってくれよ」
「えー? でも追試を受けるのは私だからけーくんは関係ないよね?」
鳴美は頬に指を当てコテッと小首を傾げる。しばいたろかこのアホは。
「いいか? お前は一度追試を食らうと少なくとも五回は追試になるだろ? それで俺が先生方から『
「わかるか?」と尋ねると、鳴美は察しが付かないのか「んー?」と首を傾げるのみ。ふくろうかよこいつ。
「まぁ今回は過ぎたことだし、最低でも数学は教えてやる。だからせめて国語と英語は自力で頑張れ、泣きついてくるなよ?」
「どうして私が全部赤点を取ること前提で話をしてるのかな?」
「じゃあ逆に両方とも赤点回避できてる自信があるのか?」
「ううん、これっぽっちも」
本当にしばいてやろうか、このバカは……っ。
無意識の内に拳を握り締めていると、不意に薫が勢いをつけて抱き付いてきた。
突然のことで少しよろめくも、なんとか立て直して薫の方を見る。
「どうした、薫?」
「むぅ、お兄ちゃんがさっきから鳴美ちゃんとばかり話して私を放ってる」
拗ねたように頬を膨らませ、薫は俺の腕に顔を埋める。
なんだこの可愛い生物は。
俺は「悪かったよ」と謝罪しながら、薫の頭を撫でてやる。
すると薫は「許してあげる」と頬を綻ばせ失明するくらいに眩しい笑顔を向けてきた。
薫が可愛すぎて昇天しそう。
可愛すぎる
振り向くと今度は鳴美が拗ねたように頬を膨らませている。
あぁ、これはめんどくさいから無視でいいか。
「なんで私は無視するのかなぁっ!?」
「薫、走るぞ」
「うぇっ? うっ、うんっ」
なにか嫌な気配を感じ、俺は鳴美が叫んだ途端に薫の手を掴んで走り出す。
薫も少し戸惑っていたが、いつものことだと理解したのか頷いた。
「あぁん、どうして逃げるのぉぉぉっ」
「お前がめんどくさいからだバァカ!」
後ろから聞こえてくる声にそう返し、俺は薫と共に学校まで走るのであった。
◇ ◇ ◇
本日も授業風景は省略して、昼休み。俺はいつも通り
いつもなら大和を少し置いていくつもりで向かうのだが、今日は襟首を掴み連行している。
なぜなら昨日、こいつは途中で
というわけで屋上に到着すると、案の定
「よく来たわね
「あんたは魔王かなにかですか」
仁王立ちしてそんな言葉を投げ掛けてくる先輩に突っ込みを入れつつ側を通り抜ける。
九条院先輩は俺たちに合わせるように振り向き、長く艶のある髪を掻き上げた。
「そうね、九条院家は言うなれば経済界の魔王かしら」
「そうなると先輩は魔王の娘ですか」
九条院先輩は「その響きいいわね」と目を輝かせる。いいのかそれで。
適当に言ったことなのだが。と呆れていると、不意に扉が開けられた。
やって来たのは一之瀬さん。昨日と同じ流れだ。
一之瀬さんは扉を閉めてこちらを向くと、大和を一瞥してこちらへやって来た。
「慧先輩、昨日振りですね」
「そうだな」
適当に相槌を打っていると、一之瀬さんはわざとらしく手に持った三枚の紙を揺らす。
「さぁ先輩、覚悟はいいですか?」
「なんの覚悟だ」そう尋ねようとしたところで再び扉が開かれた。
来たのは当然薫とそのブレンズ。ごめん、やっぱ思い出せない。
薫は柄にもなくハイテンションで、ちゃっかりポーズを決めている。それほどまでに点が高かったのだろうか。
これはご褒美確定だな。
そう頷いていると、開いたままになっていた扉から鳴美が現れた。顔は完全に死んでいる。
「それじゃあお兄ちゃん、始めようかっ」
「わかったから落ち着け、キャラがブレてるぞ」
いまだテンションがハイな薫の頬に手を添え、むにむにと遊ぶ。
薫は「ふぁぅ、にゅぅ~」と変な声を漏らしながらじたばたと暴れだした。
これはあんまり好かないか。
俺は楽しいんたがな。と残念に思いながら手を離すと、薫は落ち着いた様子で、
「これは家でやってよぉ」
「ぐふぅっ!? ……あ、あぁ、わかった」
あまりに可愛いお願いに、俺は思わず膝を突いた。
ダメだ、可愛すぎる……っ。
薫の可愛さに、俺はしばらく悶えるのであった。
◇ ◇ ◇
「こほん。……それじゃあ薫の小テストの結果を見ようか」
落ち着いてしばらく。向けられる白い目を無視して、俺は咳払いをして話を無理矢理戻す。
「よし、じゃあまずは国語からだ」
「うんっ♪」
薫は自信満々に頷き、カードゲームのように一枚の紙を床に叩き付けた。
「ふむ、八十八点か、十分良い点だな」
「うんっ♪ お兄ちゃんに褒めてほしくて頑張ったんだ~♪」
「そうか、よく頑張ったな」
俺はそう褒めながら薫の頭を撫でる。
薫は気持ち良さそうに「んふぅ~♪」と喉を鳴らした。
「それじゃあ次は──」
「待ちなさい」
次の教科を見ようとすると、なぜか九条院先輩に止められた。
「なんですか?」と尋ねると、九条院先輩は「私たちの点数も見てもらうわよ」と言ってきた。一之瀬さんたちも頷いている。
よくわからんが、見るだけならいいか。そう思い俺は「じゃあ早く見せてくださいよ」と促す。
「ふふっ、私の力を思い知りなさいっ!」
そう高らかに叫び、九条院先輩は薫同様に紙を叩き付ける。
「きゅ、九十六点っ!?」
誰かがそう叫ぶ。そう、九条院先輩の国語の点数は九十六点だった。
ほう、お嬢様は頭が良いのか。まぁ図書室の眠り姫だし、当然なのか?
そう納得していると、一之瀬さんが「くぅっ」と悔しそうに声を漏らしゆっくりと紙を置いた。
それはやっぱり国語の小テストで、点数は七十五点と中の上くらいだ。
「やっぱり国語は苦手です……」
そう悔しそうに溢す一之瀬さんを、九条院先輩は愉快そうに見つめ微笑む。
「あらあら、可愛いところもあるのね」
「うるさいですよ」
挑発してくる九条院先輩に、一之瀬さんはキッと睨みつける。
もうこの二人で漫才でもしとけばいいのに。
「フゥゥゥハハハハハッ!」
そう呆れていると、突如屋上に珍妙な笑い声が響いた。
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