第40話 薫のお説教
午後七時過ぎ、そろそろ夕食時に差し掛かる頃。俺は自室の床に正座していた。
正面には
薫の手には
「お兄ちゃん、聞いてる?」
「はっ、はいっ」
目の前の光景に唖然としていると、ふと薫に威圧たっぷりの声を掛けられ、上擦った声を出してしまう。
薫は今もなお淀みきった瞳を俺に向け、いつもの温厚な性格からは考えられない眼光を放っている。
端的にいうと……めちゃくちゃ怖い。
「そんなに震えなくていいよ、お兄ちゃん」
「薫……」
薫は「そんなに怒ってないから」と怒気を孕んだ声音でそう言う。
ばっちり怒ってるじゃん……。
「もぅ、そんなに妹が信用ならない?」
「あの、まぁ……今回ばかりは信用できないかな」
だって明らかに怒ってるし。
そう答えると薫は「お兄ちゃん酷い」と涙を拭う仕草を見せる。
うぅ、ごめんよ、妹を信じられないお兄ちゃんでごめんよ……。
俺はただ、心の中で謝罪することしかできなかった。
◇ ◇ ◇
正座すること早十分。そろそろ足が痺れて厳しくなってきた。
そうなってやっと薫のお説教が始まった。内容は「不純です」とか「お兄ちゃんにはまだ早いです」とか、あとは「お兄ちゃんの変態」なんて説教というよりただ俺が責められている。
いや、あのお礼(危険物)を見られては、その言葉も甘んじて受け入れる他ない。
本当に、俺は悪くないのだが。
「それでね、お兄ちゃん。確かにお兄ちゃんはもう立派な思春期男子だから、その、女の子のぱぱぱっ……パンツに興味あるのはわかるよ?」
「でもね」と薫は続ける。
「会って間もない後輩にパンツをもらうのはどうかと思うよ」
「ちっ、違うぞ!? それは一之瀬さんが勝手に渡してきたからであって、俺がほしがっていたわけじゃないぞ!」
「ふぅん、そーなんだ?」
「ホントに?」と薫は疑うように尋ねてくる。
俺はとにかく信じてもらおうと薫の手を取り、グイッと身を寄せる。薫の頬が少しだけ赤くなった。
「本当だ、信じてくれ! 俺は一之瀬さんに
「そ、それはそれで一之瀬さん可哀想だね……」
薫は初めて俺から目を逸らして、そんな言葉を溢した。
可哀想? どちらかというとその一之瀬さんから渡されたパンツで愛する妹に説教食らってる俺の方が可哀想だろ。
なんて考えていると、薫は一之瀬さんのパンツを袋に入れて自らの膝の上に乗せた。
「じゃあ一之瀬さんの方は許すよ。これは私が返しておくね」
「いやでも」
「わ・た・しから、返しておくね?」
「……はい」
薫の有無を言わさない圧力に、俺はただ頷くのであった。
◇ ◇ ◇
一之瀬さんの分が終わり、薫がパンツを自室に持って帰ってからしばらく。今度は九条院先輩からもらった婚姻届(だったモノ)の話になった。
だが一之瀬さんの方である程度落ち着いたからか、薫も先程よりは威圧がなくなりいつもの優しさが戻ってきていた。
そのためか、言われたのは「お兄ちゃんはまだ結婚できませんよ」や「結婚相手を決めるのは早すぎます」とだけで、問題の婚姻届もビリビリになっていたため軽めのお説教で終わった。まだ薫は拗ねているが、目は戻っている。
「お兄ちゃん、今後はこういうことないようにしてね?」
「あぁ、わかっている」
俺は薫を安心させるよう強く返事をすると、薫は「じゃあ罰は軽くしてあげるよ」と──え?
「ば、罰があるのか?」
「当たり前だよ?」
当たり前なのか? そう首を傾げていると、薫は「それじゃあね」と口を開いた。
「明日の小テストで私が全教科八十点以上取ったら、ご褒美ちょうだい?」
「……え? それだけでいいのか?」
罰として課せられなくてもそのくらい普通にしてあげるのに。そう疑問に思っていると薫は「それでいいの♪」と笑顔を浮かべた。
「薫がいいなら、いいが」
「うん、それでいいの♪」
いつもの調子に戻った薫を見て、俺は「わかった」と頷く。
「それじゃあ夕飯作っておくから、お兄ちゃんはお風呂に入ってて」
「あぁ、わかった」
そんなこんなで、薫のお説教は無事終わり俺たち兄妹の絆は保たれた。
薫を怒らせないようにしよう。そう心に誓いながら、俺は着替えを持って風呂場へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます