第38話 九条院先輩のお宅

 一之瀬いちのせさんの家を後にして、俺は九条院くじょういん先輩に案内されながら先輩の家を目指した。

 

 ここからでは割りと距離があるらしく、雑談をすることとなったのだが……、

 

 

「それでね、特に王子様の心理描写が細かくてつい自分のことのように思ってしまうのよ」

 

「はぁ、そうですか」

 

 話題は最初から本の話。さすがは図書室の主、本の話題なら尽きることがない。

 

 正直俺は基本ラノベしか読まないから半分くらい理解できないのだが、まぁ楽しそうに語る先輩は子供っぽくて見ていて和む。

 

 ただ、どうしても現状で文句を言いたいことがあった。それは──、

 

 

「先輩、離れてくれませんか?」

 

「え? どうしてかしら?」

 

 きょとんと首を傾げる先輩は、なぜか逆にぎゅーっと俺の腕に抱き付いてくる。二つの凶悪な膨らみに、俺の理性が削られていく。

 

「あらけい君、鼓動が速いようだけど、どうしてなのかしら?」

 

 九条院先輩は愉快そうに笑い、俺の腕を思いっきり挟み込む。

 

 この人はわかっていてやっているのだろう。

 

「どう? いつもは塩対応だけど、これじゃあドキドキしちゃうでしょ?」


「そうですね、別の意味でドキドキしてますよ」

 

 そう返すと先輩は「素直じゃないわね」と笑う。

 

「もっと欲に忠実になりなさい、私を押し倒すくらいに」

 

「死んでもしないんで安心してください」

 

「そんなに断言しなくていいじゃない……」

 

 九条院先輩はしゅんとなって、表情を曇らせる。

 

 

「ねぇ見て、あの子彼女を泣かせたわよ」「なんて酷いやつだ」

 

 

 ふと、どこからかそんな会話が聞こえてきた。

 

 俺たちのことじゃない、そう自分に言い聞かせるも、「高校生」だとか明らかに俺たちを差した言葉が出てきて、早々に受け入れるしかなくなった。認めたくはないが、俺たちはカップルに思われているのだろう。

 

 確かに、腕を組んで歩いていれば誰しもカップルだと認識するだろう。実際に俺もそう思うし。

 

 だが、俺は先輩とは付き合っていないし、今後付き合う気もない。だからこんか勘違いは困るのだ。

 

 などと考えていると、いつの間にか先輩は元気になっていて「ふふっ♪」と上品な笑みを溢している。

 

「慧君、どうやら私たちはカップルだと思われているようね」

 

「心外ですけど、この状況だとそう見られて仕方ないですね」

 

 本当に、心外だが。

 

 すると九条院先輩は「酷い言い種ね」とため息を溢す。

 

 とてつもなくウザい。

 

 その後も「離れてください」と何度もお願いするのだが、この度に先輩は体を密着させてきて、俺は渋々諦めるのであった。

 

 

     ◇   ◇   ◇

 

 

 あれから更に歩くこと十分程度。駅を越えて繁華街を抜け、また住宅街に入ろうとしたところで俺は見た。

 

 完全に場違いな豪邸を。

 

 道路に沿って建てられた漆黒の格子は、さながら下界と天界を分ける境界のよう。その奥にはサッカーコート何面分ぐらいの庭園が広がっている。そして一番は庭園に囲まれた純白の家。もはや城と言っても過言ではないほど立派な佇まいだ。

 

 ふぅ、リアルでこんな建物見たことなかったからな、つい興奮して饒舌に語ってしまったぜ。

 

 ときどき大和やまとが饒舌に語る気持ちが、なんとなくだがわかった気がする。

 

 俺は取り敢えず深呼吸を繰り返し、興奮しきった脳の熱を冷ましていく。

 


「どうかしら、私の家は」

 

「正直、すげぇです」

 

 目の前の現実離れした光景に、そんな貧相な感想しか口に出せなかった。

 

 だが九条院先輩は楽しそうに微笑み、「そうでしょう」と悪質な二つの物体をたゆんっと揺らす。

 

「それしにても、凄い豪邸ですね」

 

「えぇ、一応は世界に誇る大企業の社長の家だもの、これくらい豪華にしておかないと他企業にバカにされちゃうわ」

 

「ってお父様が言っていたわね」とさも他人事のように語る九条院先輩。スケールが大きすぎて突っ込むのも面倒だ。

 

「ここまで送ってくれてありがとう、慧君」

 

「別にいいですよ」

 

「あら、優しいのね」

 

「なんでそうなるんですか」

 

 ときどきというか、いつも先輩の思考回路がよくわからない。

 

 先輩は「謙虚ね」と笑い、自分の鞄を漁り始めた。

 

 なにをしているのだろうと首を傾げていると、先輩は茶封筒を取り出しこちらに差し出してきた。一之瀬さんと同じ流れだ。

 

「これ、お礼よ」

 

「いりません」

 

「そう言わずに。貴方にとってもいいものだと思うわよ?」

 

 胡散臭い言葉に眉をひそめるも、受け取らないとしつこく迫られそうで俺は仕方なく受け取ることにした。

 

 先輩は嬉しそうに微笑み、「よかったわ」と言葉を溢す。

 

「それじゃあ、また明日」

 

「できれば会いたくありませんけどね」

 

 手を振ってくる先輩にそう返し、俺は踵を返して来た道を戻る。

 

 さぁ帰ろう、かおるの待つ家へ。

 

 俺は疲れをため息を共に吐き出し、帰路に就いた。

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