第37話 一之瀬さん家への送り道
もうそろそろ六時になろうかという頃合い。空は茜色に少しばかりの影を落としている。
住宅街をゆっくりと歩いていると、ところどころから夕食の香りが漂ってきて若干空いたお腹に響いてくる。直訳、腹減った。
そんな日常に目を向けながら、俺はもう帰りたいと切実に願う。
なぜなら、俺は今──、
「
「慧先輩、送り狼になっても私は構いませんよ。偶然にも両親は今日遅くなると言っていましたので」
このウザい先輩後輩コンビに挟まれているからだ。
先程から妄言を吐き続けている二人は、俺を挟んで睨み合い、加えて絶対に離さないと言わんばかりに俺の腕を掴んでいる。
傍から見れば両手に花だろうが、実際は両手に妖怪だ。
というか、こうも腕を組まれると意識するなという方が無理なもので。
片方は圧倒的質量、もう片方は微々たる主張。いたたまれない、残酷な現実に俺は哀れみすら覚えてしまう。
もうこれ以上は言うまい。俺だって命が惜しいから。
なんて考えていると、ギュッと腕が締め付けられた。普通に痛い。
「
「……知りません」
一之瀬さんは不機嫌そうに唇を尖らせてそっぽを向いてしまう。
思考を読んでくるのは止めていただきたいのだが。
「慧君、貴方も男子なら私の胸に顔を埋めるくらいしたらどうかしら?」
「一般男子はそんなことしませんよ」
俺ほど一般的な男子はそうそういないだろ。
「妄言は結構よ、慧君は超絶シスコンラノベ主人公なんだから」
「一般とは対局に位置しているでしょ?」と当然のことのように首を傾げる先輩。男だったら殴ってた。
沸々と沸き上がる怒りを抑え込んでいると、反対側から「そうですね、慧先輩は近親相姦ゲス野郎ですもんね」と一之瀬さんが同調する。
しばいてやろうかこのコンビ。
「まぁいいわ、いつか慧君が『娘さんをください』ってうちの両親に挨拶しに来ることを祈っているわ」
「私も、『やっぱり貧乳は最高だぜ』って言ってくれると信じています」
「どっちも絶対に言わないからな」
ぶっ飛んだ思考の二人に呆れ、俺は静かにため息を吐くのであった。
◇ ◇ ◇
うちを出てから十数分。以前に一度だけ訪れたことのある一之瀬さんの家に到着した。
一之瀬さんは「ありがとうございます」と頭を下げると、綺麗な銀髪を煌めかせおしとやかに微笑んだ。
「慧先輩、少し待っていただけますか?」
「早く済ませてくれるなら」
そう返すと一之瀬さんは「わかりました」と頷き、急ぎ足で家の中へ消えていった。
「次は私の番ね。頼んだわよ慧君?」
「今少し待つって約束したばかりでしょ」
「慧君は真面目なのね」と吐息を溢しながら九条院先輩はやれやれと首を振った。
こっちの方がやれやれだわ。
なんてやり取りをしていると、制服姿の一之瀬さんが家から出てきた。手には小さな袋が握られている。
「お礼ですが、これもらってください」
「別にいらんが」
「受け取ってくれないと先輩が私の胸を鷲掴みにして揉みしだいたことを学校中に広めます」
「……わかった、受けとればいいんだろ」
お礼なのに脅迫してくるとはどいう感性をしているのか。本当に気になってきた。
取り敢えず俺は袋を受け取る。中身はなんだろうかと開けようとすると、一之瀬さんが「今は開けないでください」と制止してきた。
「家に帰ってから開けてください」
「……わかったよ」
別に今ここで開ける理由もないし、俺は頷いて袋をポケットに仕舞う。
「ありがとうございました。また先輩の家に行ってもいいですか?」
「ダメだ」
なんてやり取りを交わし、俺は九条院先輩と一之瀬さんの家を後にした。
次は九条院先輩の家だ。……俺、九条院先輩の家知らないんだが。
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