第33話 解決したけど

 俺が駒井こまいさんに声を掛けると、教室中がざわめき始めた。

 

 駒井さんも動揺を隠しきれておらず、口をパクパクとさせながら視線を忙しなく走らせている。

 

 

 ──昼休みに鳴美なるみから聞いた話をしておこう。

 

 鳴美にこのことを話してくれたのは、よく昼食を共にする友達の内の一人とのこと。

 

 その者は先週、友達に会いにこの二年F組に来ていたそうだ。そのとき丁度、その友達は駒井さんと話していたらしい。鳴美の友人は興味本意で話を盗み聞きして、駒井さんが俺の噂を流した張本人だと知った、ということだ。

 

 

 そんな内容をところどころ省きながら、教室中に響くよう大声で駒井さんに聞かせた。

 

 駒井さんは悔しそうに唇を噛み、俺──ではなく俺の後ろにいる鳴美を睨む。

 

「そう、ですか」

 

 駒井さんは観念したように息を吐きながら、そう呟いた。

 

 

 正直、俺も驚きが隠せない。なぜなら俺たちは犯人が男子だと決めつけていたからだ。

 

 だからこの二週間、条件に合いそうな男子を中心に調べていたのに、犯人はまさかの女子。そりゃ見付からないわ。

 

 いや、実を言うと女子が犯人かもしれないという考えはあった。だがそれは、その犯人が百合っ子で尚且つ対象がここにいる四人の誰かという、非常に確率が低い案だったのだが……。

 

 まさか、本当にそんな百合っ子がいるとはな。

 

 犯人が女子と知ったときは、意外すぎてしばらく口が塞がらなかった。

 

 さて、このあとはどんな行動を取るかな。

 

 逆上して襲い掛かってくるか、それとも別のことをしてくるか。

 

 そんな勘繰りをしていると、駒井さんはゆっくりとこちらに近付いてきた。

 

 そして──、

 

 

「ごめんなさい」

 

 

 バッと頭を下げて、素直に謝罪してきた。

 

 先程のように周りがどよめく。

 

 駒井さんは長々と十数秒も頭を下げ続け、ゆっくりと頭を上げる。

 

 そのままジッと俺を見つめてきた。

 

「……」


「……」

 

 

 それからしばらく、周りが落ち着いた頃を見計らって俺は駒井さんに尋ねた。

 

「どうしてあんなデタラメな噂を流したんだ?」

 

「それは……」

 

 駒井さんは逃げるように視線を逸らし、またすぐに俺を見つめる。

 

 そして頬に朱を散らして、ゆっくりと口を開いた。

 

 

「その……東原あずまはらくんのことが好きだから、です」

 

 

 教室が、沈黙に包まれた。

 

 俺は当然、教室に残っていた主に男子生徒が固まり、一部の女子がきゃっきゃわいわいと小さく騒ぐ。

 

 駒井さんが、俺を好き?

 

 俺は突然の告白に頭が真っ白になり、必死で彼女との接点を探った。

 

 確か、去年同じクラスだったな。あとは……。

 

 とどれだけ記憶の海を潜っても、他にそれらしい接点は見付からない。

 

「すまないが、駒井さんに好かれる理由がわからん」

 

「そう、ですよね。いいんです、私がチョロかっただけですから」

 

 自分で自分をチョロいとか言う人初めて見たわ。というか、自覚あるならしっかりしろよ。

 

 そんなことを考えながら、俺はどうしても消化できなかった疑問をぶつける。

 

「駒井さん、それならなんで俺の悪い噂を流したんだ?」

 

 噂を流した理由は俺が好きだから、そんなんで納得できるわけがない。

 

 というか、好きなら悪い噂を流すようなことはしないだろ。

 

「えっと、それは……」

 

 駒井さんは言い淀み、視線を床へと落とす。

 

 くそっ、すぐに言えばいいのに。

 

 ハッキリしない駒井さんに、少しだけイライラする。

 

「東原くんが、好きだから……」

 

「だから?」

 

 駒井さんは震える声で続ける。

 

「その、風羽かざばさんや九条院くじょういん先輩みたいな美人さんとイチャイチャしてるのを見てたら、ムッとなっちゃって……」

 

 駒井さんの言い分に俺は唖然としていると、「確かに」「ホントにそうよね」などと後ろから同意する声が聞こえてきた。お願いだから今は黙っていただきたい。

 

 なんて後ろに気を取られていると、「それに」と駒井さんは続け出す。

 

「放課後に寄り道してたり、休日に街に出たときにことごとく女の子とデートしてる東原くんに出会して……」

 

「余計にムカついちゃって」と申し訳なさそうに駒井さんは言う。

 

 つまりあれだ、鳴美の無駄に等しいお礼や九条院先輩のお礼、一之瀬いちのせさんの脅迫が原因と言えるのではないだろうか。

 

 あれ、そう考えたら俺まったく悪くないじゃん。むしろ悪いのあいつらじゃん。

 

 完全に俺とかおるがとばっちりを食らった形だ。

 

 くそっ、今度から誘われても行かないようにしよう。

 

 そう心に誓いながら、俺は駒井さんに改めて向き合う。

 

「ごめんなさい」

 

「いや、もういい。俺は噂を撤回してもらえればそれでいい」

 

「うん、わかった」

 

 駒井さんは目尻に若干涙を浮かべながら、コクコクと小さく頷く。

 

 よし、これで解決か。そう安堵の息を吐いていると、駒井さんが「東原くん」と呼んできた。

 

「なんだ?」

 

「その、できればお返事がほしいなぁって」

 

 恥じらうように上目遣いをする駒井さんは、両手の指を絡めたりしながら俺の答えを待つ。

 

 そういえば、好きだと告白されたんだから答えを出すのは男として当然だよな。

 

 俺は深く息を吐き、駒井さんを見つめる。そして笑顔で、

 

 

「ごめん、無理」

 

 

 教室に氷河期が訪れたように空気が凍り付いたのは、言うまでもない。

 

 

     ◇   ◇   ◇

 

 

 噂が広まるのは早いもので、俺の四股がデマだったということは二日足らずで学校中に広まった。

 

 駒井さんが告白して、キッパリと拒絶されたという話と共に。

 

 

 めでたし、めでたし。

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