第30話 薫のワガママ

 図書室での話し合いを終えた俺は、普段よりも遅い時間の帰宅となった。

 

 靴を脱ぎ、溜まっていた疲れを吐き出すように息を吐く。

 

 そんなタイミングで、リビングの扉が勢いよく開け放たれた。

 

 姿を現したのは、部屋着エプロン姿でお玉を片手に持つかおる。どうやら夕飯を作っていたらしい。

 

「ただいま、薫」 


「お帰り、お兄ちゃん」

 

 俺の帰りが遅れたときの、普通のやり取り。そのはずなのに、なぜか薫が怒っているように思える。

 

 昼休みのうちに連絡はしたし、起こられる理由はないと思うのだが……。

 

 俺は恐る恐る、薫の表情を伺う。怒っているような、笑っているような、なんともいえない表情だ。

 

「お兄ちゃん」

 

「ん? なんだ?」

 

「今日はどんな用だったの?」

 

 平然とした様子で薫が尋ねてくる。なぜかお玉を構えて。

 

 薫よ、なんでお兄ちゃんを叩こうとしているんだ?

 

 そんな質問をすれば、一発でお玉が飛んでくるのは大体予想できる。

 

 なので取り敢えず、俺はありのまま説明をした。

 

 

「ふぅん、そうだったんだ」

 

「あぁ。すまないな、薫も巻き込んじまって」

 

 そう謝ると、薫は「別にいいよー」とひらひらと手を振った。

 

 さすが薫、心が広い。

 

「だから、私も変な目で見られてたんだね」

 

「ん? 薫も見られてたのか?」

 

「うん、なんか教室とか廊下でずっと見られてた」

 

 ほう、そんな不届き者がいるとはな……天誅を下してやろうか。

 

 なんて思っていると、薫が「ところで」と話題変更をしてきた。

 

「お兄ちゃんは明日から、その噂を流した犯人捜しをするの?」

 

「あぁ、まぁ俺はなにもできないから、大和やまと鳴美なるみ九条院くじよういん先輩と一之瀬いちのせさんにお願いすることになるけど」

 

「ふぅん? そうなんだ」

 

 なぜかまた不機嫌になる薫。

 

 なにが悪いのだろうと考えていると、薫が寂しそうに「私はいらないんだね」と呟いた。

 

「え?」

 

「だって、私も当事者の一人なんでしょ? でも私にはお願いしてくれないし」

 

「いや、それは……」

 

「私だって、たまにはお兄ちゃんに頼られたいよ」

 

「いっ、いやっ、俺はいつも朝食とか弁当とか、薫に頼りっきりじゃないか」

 

 そう言うと、薫は「違う」と否定してギュッと抱き付いてきた。

 

 突然の行動に戸惑い、俺は言葉を失ってしまう。

 

「ねぇお兄ちゃん、お願いだから私にも頼ってよ……」

 

 ブレザーに顔を埋める薫は、震えた声をポツリと溢した。

 

 俺は少しばかり考えて、答えを出す。

 

 

「わかった、じゃあ薫にも犯人捜しをお願いしていいか?」

 

「うんっ!」

 

 薫はバッと顔を上げると、嬉しそうにはにかんでみせた。

 

 

     ◇   ◇   ◇

 

 

 そのあと、普段通りに夕食を薫と仲良く食べ、入浴も済ませくつろいでいたのだが──、

 

「お兄ちゃん、頭撫でて」

 

 風呂から上がってきた薫は、なぜか俺の部屋に来てベッドに腰掛ける俺の膝の上に座ってきた。

 

 薄地のパジャマのため、薫の体温がそのまま伝わってくる。

 

 なんか、良い匂いもするし。

 

 やや上気した肌、うなじを伝う水滴、紅潮している頬。風呂上がりで艶かしい姿の薫に、俺はしばらく見惚れてしまう。

 

「お兄ちゃん、頭撫でてよー」

 

 薫のお願いにハッと我に返り、要望通り俺は手を頭に乗せてゆっくりと撫でてやる。

 

「んふぅ♪」

 

 気持ち良さそうに息を吐く薫が、めちゃくちゃ可愛い。

 

「お兄ちゃん」

 

「なんだ?」

 

「お兄ちゃんは、妹のものなんだよ?」

 

「なんだそりゃ」

 

 薫のボケに笑いを溢すと、釣られてか薫の「あはは」と笑いだした。

 

 

「ねぇお兄ちゃん」

 

「なんだ?」

 

「今日一緒に寝てもいい?」

 

 振り向き上目遣いで尋ねてくる薫。可愛すぎて身が持たない。

 

 俺は「いいぞ」と快く了承し、わしゃわしゃと薫の頭をちょっと乱暴に撫で回す。

 

 薫は「ひゃぁぁ」と楽しそうにはしゃいで、笑い声を上げた。

 

 

 それからしばらくそうしていて、薫のお願い通り一緒に寝るのであった。

 

 

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