第28話 噂の実態

 放課後、刺々しい視線に送られながら俺と大和やまとは図書室へと向かった。

 

 道中でも視線を多く集めたが、それは持ち前のメンタルでスルー。

 

 到着すると図書室の扉に『本日休み』の掛け看板が吊るされてあった。

 

 恐る恐る扉をスライドすると、鍵が開いているようでガラガラガラとスムーズに開く。

 

 どうやら待ち合わせ場所はここで合っているようだ。看板は関係ない人が来ないための布石か。

 

 九条院くじょういん先輩、案外頭が回るんだな。そう感心しながら、回りに気を付けながら図書室へと入る。

 

 

「先輩、九条院先輩」

 

 見渡す限り人がいない図書室で、俺はなるべく声を抑えて俺を呼び出した先輩を呼ぶ。

 

 すると本棚の影から、九条院先輩が姿を現した。

 

「やっと来たわね、けい君。……隣のぽっちゃり君は誰かしら」

 

「俺の友人の大和です」

 

「そう」と興味なさげに呟くと、九条院先輩はカウンターに腰掛け足を組む。

 

 どうでもいいが、下着が見えそうだ。

 

「それで、俺を呼び出した理由はなんですか?」

 

 大方予想は付いているが、俺は改めて先輩に尋ねる。先輩は申し訳なさそうに目を伏せると、躊躇うように口を開──、

 

 

「慧先輩っ」

 

 

 こうとしたところで、図書室の扉が勢いよく開け放たれた。

 

 入ってきたのはつい一昨日デートをしたばかりの後輩、一之瀬いちのせさん。もう一人、俺に用があると言ってきた子だ。

 

 一之瀬さんは息を切らして、膝に手を突いている。

 

 走ってきたのだろうか。普段のイメージからは想像しづらいが、それほど大変なことになっているのだろうか。

 

「け、慧君……? その銀髪チビは誰かしら?」

 

 一之瀬さんの登場に、九条院先輩は大和のときよりも動揺を見せた。心なしか怒っているように見える。

 

 頬が引き攣っているし、目が笑っていない。とにかく怖い。

 

「彼女は一年の一之瀬さんです、昼休みに先輩と同じくメールをもらいまして」

 

 俺は簡単に事情を説明し、先輩の様子を伺う。

 

 先輩は何度か深呼吸をして、まっすぐ一之瀬さんを見据えた。

 

「貴女は、慧君のことどう思っているのかしら?」

 

「大切な先輩ですよ」

 

「ふ、ふぅん? じゃあ慧君とはどんな仲なのかしら」

 

「休日にはデートをする仲です」

 

 その言葉に、九条院先輩の表情が張り付いた。

 

 ギギギギ、と壊れかけのロボットのように動き、俺を見つめてくる。

 

 目が怖い。

 

「慧君? それは本当なのかしら……?」

 

 その質問に、俺は少しばかり考える。

 

「違いますよ」

 

「全然考えてないじゃないですか」

 

 一之瀬さんがそんな突っ込みを入れてきたが、それは無視。

 

「確かに一昨日、デート紛いのことはしましたが、それは脅迫されたからであって自主的ではありません」

 

「それにその日以外休日に会ってませんし」なんてまるで浮気がバレた夫のように弁解を続ける俺。なんか虚しくなってきた。

 

 俺の言葉に一之瀬さんは不機嫌に、九条院先輩は上機嫌になり、なんとか納得してもらえた。さらっと一之瀬さんが脇をつねってくるのは、耐えようじゃないか。

 

 

     ◇   ◇   ◇

 

 

「それじゃあ落ち着いたことですし、本題に入りましょうか」

 

 あれからしばらく、いがみ合う二人を宥め続け、落ち着いたところで俺はそう切り出す。

 

 すると勢いよく一之瀬さんが手を挙げた。

 

「慧先輩、すみませんでした」

 

「おう、取り敢えず説明してくれ」

 

「それはわたしが請け負うわ」

 

 一之瀬さんにお願いすると、今度は九条院先輩が挙手。二人の視線がバチバチと交わる。

 

 

「慧君、今朝クラスメイトから聞いたのだけど、貴方四股クズ野郎扱いされてるわよ」

 

 

 先に口を開いた九条院先輩は、いつもの調子で爆弾発言を投下してきた。

 

 唖然としていると、一之瀬さんが何度も頷き同調していた。どうやら二人が知っている噂は同じものらしい。

 

 というか、待ってくれ。

 

「四股? 誰ですか?」

 

 俺は不純異性交遊なんてやってないし、誤解されるようなことも……していないだろう。

 

 火のないところに煙は立たないというが、火元そのものに覚えがない。

 

 念のためと記憶を遡っていると、一之瀬さんと九条院先輩が申し訳なさそうに目を逸らした。

 

「その、四股相手は……わたしと」

 

「私もそうらしいです」

 

「あとは風羽かざばさんと妹さんが入っているそうね」と九条院先輩が付け足す。

 

「…………………………は?」

 

 一瞬、俺の思考が停止した。

 

 いや、おかしい。俺はこの二人や鳴美なるみのことをそういう目で見ていないし、かおるに至っては血の繋がった兄妹だ、絶対にありえない。

 

 そんな噂が立つようなこともしていないのに。そう否定しようとして、ここ最近の記憶が脳裏を過った。

 

 そういえば、鳴美のお礼とかで、俺と薫と鳴美の三人で街歩いたっけ。

 

 それに加え、放課後ではあるが九条院先輩に喫茶店に連れていってもらったし、一昨日一之瀬さんと脅迫されてデートをした。

 

 ……あれ? これ傍から見れば最低四股クズ野郎じゃね?

 

 ジワリと冷や汗が浮かぶ。

 

 俺はどうやら、気付かぬうちに大変なことをしていたようだ。

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