第25話 一之瀬さんとナンパイベント

 時刻はおやつ時となりやや客足も減った中、俺たちはまだモール内を彷徨していた。

 

 目標である服一着は買えたわけだし、俺としてはとても帰りたい。帰ってかおるとイチャイチャしたい。

 

 そんな願望を一之瀬いちのせさんはバッサリと切り捨て、今に至る。

 

 どうにかして早く帰らねば……うっ。

 

 作戦を模索していると、突如込み上げてくる尿意。俺は一之瀬さんに一言伝えトイレへと向かった。

 

 

     ◇   ◇   ◇

 

 

side氷雨

 

 先輩がトイレに行ってしまった。まぁ二時間以上歩き続けていたし、仕方ないのかもしれない。

 

 もしかして、私から逃げる口実だったり?

 

 そんな邪推をしながら、それでも先輩なら戻ってくるだろうと安心ができる。

 

 というか、もしここで帰られたら私の計画は丸潰れになってしまう。そうならないためにきょうは──釘を刺しておいたし、大丈夫だと思う。

 

 

 それにしても、先輩はやっぱり面白い。

 

 私は先輩が服選びに苦悩する姿を思い返して笑みを溢す。

 

 適当に済ませればいいのに、案外先輩は真剣に選んでくれる。口では嫌々なのに、いざ選ぶとなるととても真剣になる。

 

 そういうところが好きなんですよ、先輩。

 

 なんて心の中で告白する。実際に伝えたいけど、先輩を前にするとどうしても言えない。

 

 理由はわかってる、私が臆病だからできないでいるのだ。

 

 自分の性格が恨めしい。

 

 なんてことを考えて気を紛らわすけど、やっぱり寂しい。

 

 早く戻ってこないかな。

 

 そんな願いが届いたのか、コツコツと私に近付いてくる足音。私は溢れそうになる感情を抑えて振り向き──、

 

「やぁお嬢ちゃん、今一人?」

 

 やって来たのは私の想い人ではなく、ただのナンパ野郎だった。

 

 

     ◇   ◇   ◇

 

 

 ふぅ、スッキリした。

 

 濡れた手をハンカチで拭きながら、俺はホッと息を吐く。

 

 まさか故障してて、更には列ができてるとは思わなかったな。

 

 お陰で少し時間を喰ってしまったが、まぁ疲弊した精神を回復できたと思えば待たされるのも悪くはない。

 

「ふぅ──ん?」

 

 一之瀬さんが待っているところまで戻ってくると、ふと一之瀬さんが囲まれていることに気付く。

 

 相手は背の高いチャラ男三人集、大学生くらいだろうか。そしてその三人は、交互に間を空けず一之瀬さんに声を掛けている。

 

 ナンパか。

 

 見てすぐにわかる。一之瀬さんは性格はともかく、見た目だけなら北欧系銀髪美少女だ。そんな可愛い子が一人でいれば、ナンパ野郎が放っておくはずがない。

 

 俺は声が聞こえるギリギリの距離で止まり、耳を澄ませる。

 

「君可愛いね」「今一人?」「俺たちと一緒に遊ばない?」「気持ちいいことシようよ」「優しくスるからさ」「一回だけでいいからさ」

 

 エトセトラ、エトセトラ。ナンパ野郎共は自らの性欲に忠実で、もはやなにをするか隠していない。

 

 あんな大人になりたくねぇな。

 

 情けない人生の先輩に、俺は呆れてため息しか出ない。

 

 とため息を量産していると、ふと一之瀬さんと目が合った。

 

 ──助けてくださいよ、先輩。

 

 そう目で訴えられ、俺はため息を追加。

 

 厄介事に巻き込まれるつもりはないが、まぁ仕方ない。

 

 

「なぁ、俺たちと一緒に──」

 

「すいません」

 

 いまだナンパを続けるチャラ男の言葉を遮り、俺はチャラ男と一之瀬さんの間に立つ。

 

 チャラ男三人集はあからさまに不機嫌になる。だが立ち去ろうとはせず、強気に睨んできた。

 

「なんだよお前、彼氏か?」

 

 違う、そう口に出そうとしたところで腕を掴まれ、小さい、柔らかい感触が控えめに主張してくる。

 

 一之瀬さんに抱き付かれたのだ。

 

「一之瀬さん?」

 

「そうです、この人は私の彼氏です」

 

 なにを口走っているのだろうか、この後輩バカは。

 

 固まる俺を放って、一之瀬さんはありもしないことをつらつらと語る。

 

 やれ初めてのデートはどこだ、告白したのはどっちか、ファーストキスのシチュエーションと感想、エトセトラ、エトセトラ。

 

 妄言を吐く後輩、呆れる俺、絶句するチャラ男三人集。微妙な空気がこの一角を包んだ。

 

 一之瀬さんの暴走することしばらく、チャラ男はドン引きした様子でどこかへと消えていき、それを見た一之瀬さんは安心したようにホッと息を吐いた。

 

 

「先輩、助かりました」

 

「ありがとうございます」と律儀にお辞儀をする一之瀬さんの頭に、俺はポンと手を乗せる。

 

「別に気にするな、当然のことだ」

 

 正直放置して帰ってもよかったのだが、ナンパされている後輩を放置して帰るなんて先輩としておかしいし、仕返しにどんな噂を流されるかわかったものでもない。だから、仕方なくだ。

 

 そんなことなど察していない後輩は、恥じらうように頬を赤らめ、

 

「お礼がしたいです」

 

「お礼?」

 

 復唱すると、一之瀬さんは小さく頷く。

 

 いや〝お礼〟って。俺、最近お礼に愛されてない?

 

 鳴美なるみといい九条院くじょういん先輩といい、どうしてみんなお礼をしたがるのだろうか。

 

 そんな疑問はさておいて。

 

「結構だ」とお断りしたにも関わらず、一之瀬さんは聞く耳持たずに、グイグイと引っ張り俺をどこかへと案内する。

 

 一之瀬さんとのデート(仮)は、エピローグを迎えようとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る