第22話 一之瀬氷雨のお願い(脅迫)

 コーヒーと紅茶のおかわりを注文して、本題へと移る。

 

 新たに来た紅茶を優雅に啜りながら、一之瀬いちのせさんは重々しい雰囲気をまとい口を開いた。

 

「最近、悩んでいまして」

 

 そう切り出すと、一之瀬さんはスラスラと語りだした。

 

「高校に入学した辺りから少し方向性を見失っていると言いますか、とにかく迷走しているんです」

 

「お、おう?」

 

 具体的な単語が出てきていないため断言はできないが、予想としてはこれは面倒事であり──とてつもなくどうでもいいことだ。

 

 早くも帰りたい。

 

「それでですね、ここは他人の助けが必要だと感じてきていたんです」

 

 こちらの内心など悟らず、彼女は努めて冷淡に語り、「ですが」と続ける。

 

「親は忙しい以前に頼りになりませんし、私には頼れる友人などいませんし、助けを求める相手がいませんでした」

 

 手をヒラヒラと振り残念そうな仕草を取る一之瀬さん。

 

 感情が籠っていないというか、絶対に残念だと思ってないだろう。

 

 若干呆れていると、一之瀬さんは「そこで」と強調してビシッと俺を指差した。

 

「私は思い付きました。案外助けてくれそうな〝先輩〟が、私にはいることを」

 

 その発言に雲行きが怪しくなる。いや、引き留められたときからこうなることは感じていたが。

 

「なので東原あずまはら先輩、私を助けてください」

 

「ことわ──」

 

「ついでに拒否した場合、あらぬ噂を流しますので」

 

「それはお願いじゃなくて脅迫だよ? 日本語大丈夫?」

 

 いや、その前に常識が大丈夫だろうか。とにかくこの後輩はヤバい。

 

 どうやら拒否権はないらしい……というか拒否したあとが怖いので、引き受ける他ない。

 

 俺はため息を溢してコーヒーを流し込み、もう一度ため息を吐く。

 

「仕方ねぇから引き受けてやる」

 

「ありがとうございます、先輩は優しいですね」

 

 脅迫して無理矢理頷かせたのに優しいとか、この後輩頭がイカれてやがる。

 

 一体、どんな教育を受けてきたのか、イカれすぎて逆に興味が出てきた。

 

「私の親は溺愛するタイプです、あまりおかしな教育はされませんでした」

 

「ならどうしそんな性格になったかなぁ」

 

「? 普通ですよ」

 

 気軽に脅迫してくるやつのどこが普通だというのか。 

 

 そんなのが普通だったら、世はまさに世紀末だな。

 

 呆れすぎてつい苦笑が溢れる。

 

 

「で、俺はなにをすればいいんだ?」

 

「そうですね、今日の午後は空いていますか?」

 

 今日の午後……かおるとアニメを観て勉強して、薫とイチャイチャするという重要な用事があるんですが。

 

 そう答えると一之瀬さんは「暇なんですね、丁度よかったです」と話を進めた。

 

 待って? 俺の話聞いてた? すっげぇ用事があるって言ってるよね?

 

「なに言ってるんですか、妹さんとイチャイチャとかいつでもできますよね? つまり暇じゃないですか」

 

 この後輩はお嬢様気質すぎませんかね? こいうの将来が心配だわ、ホントに。

 

 俺は頭に手を当て深くため息を吐く。ダメだ、ストレスで禿げそう。

 

 頭痛の治まらない頭を抱えること数分、俺はもう一度ため息を吐いて冷静になり姿勢を正す。

 

 一之瀬さんがジッと俺を見つめていた。

 

「……わかった、午後だな? それで、まだ用件を聞いてないんだが」

 

「あぁ、そうでしたね。先輩には私に似合う服を選んでほしいんです」

 

 そう言われ、俺はまたかと頭を抱える。

 

 先週鳴美なるみの服を選んで薫の服選びを後回しにしたのに、なぜただの後輩の服を選ばなきゃならんのだ。

 

 脅されてなかったら絶対に引き受けてないだろう。

 

「わかった、仕方ねぇから服を選んでやる」

 

「その意気です」

 

「じゃあ一時半に駅前でいいか?」

 

「はい、私は構いません」

 

「じゃあ一時半に」

 

「はい」

 

 そうして打ち合わせは終わりを告げる。

 

 現時刻は十一時手前。俺は急ぎ足で家に帰るのであった。

 

 ついでに、会計は俺持ちだった。なぜだ……。

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