第21話 一之瀬氷雨とエンカウント

 あっという間にやって来た土曜日。俺は好きなラノベの続刊や新刊を買いにメイトに訪れていた。

 

 こういうときは、俺はかおるを連れて来ない。薫が可愛すぎて間違いを起こそうとするやからが出るかもしれないからだ。

 

 改めてメイトでは、同胞たちが己の欲する宝物を物色しており、どこか熱が籠っている。

 

 当然俺もその一人であり、他の客に紛れてラノベコーナーで物色していた。

 

 新刊コーナーって纏めてくれるのは嬉しいな。探しやすいし。

 

 俺はメイト側の配慮に感謝しながら、目的であった続刊や新刊を片手に積んでいく。

 

 ふむ、今日も凄い金額になりそうだなぁ……。

 

 完全に流れ作業で積んでいた本を眺め、小さくため息を溢す。

 

 親からの小遣いを無駄使いするつもりはないのだが、こればかりはどうも我慢できない。だから俺は小遣いのほとんどをこれに費やしているのだ。

 

 まぁ薫とデートするときダサいと嫌だから、定期的に服にも使ってるし、完全に堕ちたオタクではないだろう。

 

 少なくとも、大和やまとよりは常識人なはずだ。

 

 なんて考えをしながら会計を済ませ、俺はメイトを後にした。

 

 スマホで時間を確認すると、午前九時半過ぎ。もう少し歩いて回る余裕はある。

 

「よし、気分転換に散歩でもするか」

 

 そう意気込み方向転換すると──。

 

 

東原あずまはら先輩?」

 

 

 冷徹という言葉が似合う、銀髪碧眼の後輩とエンカウントするのであった。

 

 

     ◇   ◇   ◇

 

 

 場所を移動して近くの喫茶店。

 

 北欧系後輩もとい一之瀬いちのせさんは優雅に紅茶を飲みながら、その鋭い碧の瞳で俺を射抜く。

 

 品定めされてるような感覚に、少し不快感を覚える。

 

 しばらくして彼女は、ほっと息を吐いてカップをテーブルに静かに置いた。

 

「偶然ですね、東原先輩」

 

「そうだな」

 

 なんとなく厄介事のにおいを感じ取り、俺は素っ気ない相槌を返しながらどう撤退するかを模索する。

 

 コツンと、足を蹴られた。

 

「東原先輩、会って早々帰ろうとするのは相手に失礼ですよ」

 

「人の心を読むのは失礼に値しないのか」

 

 なんて返答をすると、一之瀬は「やっぱりですか」と息を吐いた。どうやら鎌を掛けたらしい。

 

 女子って怖いなぁ。

 

「それで先輩、お話なんですが」

 

「答えはノーだ」

 

「まだなにも言ってませんよ」

 

 言われなくても面倒事ってことはわかるからな。

 

 長年鳴美なるみに付き合わされた結果、こういう勘が鋭くなったのだ。

 

 嬉しくねぇ……。

 

「でもそれは聞いてみなければわかりませんよ?」

 

「話だけでも」とグイグイくる一之瀬さん。そのセリフが悪徳商法の初手だとわかっているのだろうか。

 

「その揶揄は面白くないので無視していいですか?」

 

「そう尋ねてきてる時点で無視できてないんだよなぁ」

 

 と、つい鳴美たちにするようなフランクな返しをしてしまう。

 

 すぐに気付き、失礼だとか思われてないだろうかと確認すると──。

 

「……」

 

 一之瀬さんは努めて無表情に、しかして頬がヒクついておりやや頬が赤い。

 

 なんだこの反応は。まったくわかんねぇ。

 

 取り敢えず内心が読めないので、俺は訂正もなにもしないでおく。

 

「で東原先輩、話を聞いてくれますよね?」

 

「拒否権は?」

 

「ないです」

 

 強制じゃないですかやだー。

 

 うちの後輩が自分勝手すぎてヤバい。

 

 どうして俺は面倒な先輩や後輩、ついでに幼馴染みに絡まれるのだろうか。

 

 俺は冷めたコーヒーを胃に流し込み、深く、長くため息を吐く。

 

 よし、諦めはついた。

 

「早めに済ませろよ?」

 

「それは先輩次第ですね」

 

 既に話を聞くだけじゃなくなってる気がするんだが、それは俺の気のせいじゃないよな?

 

 俺はもう一度、深くため息を吐くのであった。

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