第20話 薫のキモチ

 始まったと思った一週間は割りとあっさり過ぎていくもので、気付けばもう木曜日の夕暮れになっていた。

 

 俺はというと、特に用事があるわけでもなくいつも通りかおると二人で仲良く下校していた。久しぶりに感じられる平穏に、心が癒される。

 

 

「久しぶりにお兄ちゃんと一緒に帰れて嬉しいなぁ♪」

 

「俺もだよ、最近なにかと用事が入って薫と一緒に帰れなかったし」

 

 ホント、どうして時間を潰されなければならないのだ。

 

 月曜日に九条院くじょういん先輩を手伝って以来、昨日までずっと先輩に呼び出しを喰らって下校が遅れるわ、朝は珍しく鳴美なるみが部活の朝練に行かずにうちに来るわ、なんやかんやで薫との時間はほとんど奪われている。

 

 俺は前世になにか大罪を犯しているのか? そんな不毛な思考をしてしまうくらい酷い仕打ちだ。

 

 

「お兄ちゃん、どうかした?」

 

「あ、いや……世の中の理不尽を嘆いてただけだ」

 

 突然尋ねてきた薫に俺はそう答え空を見上げる。

 

 あぁ、空が赤いなぁ……。

 

 そう感傷に浸っている間に、気付けば家に到着していた。早いものだ。

 


     ◇   ◇   ◇

 

 

 場所変わってリビング。

 

 俺は制服から部屋着に、薫も同じく制服から部屋着へと着替えている。軽いフリルのあしらわれた青いシャツとホットパンツという、可愛らしい格好だ。

 

「ふぅ……お兄ちゃん、なんでジロジロ私を見てるの?」

 

「あっいや、可愛いなぁと思って」

 

 そう言葉を溢した瞬間、薫は顔を真っ赤に染めてプルプルと震えだした。

 

 なんだこれ、可愛い。

 

 なんて悶えていて思い出す。つい最近同じようなことで痛い目にあったんだった。

 

 俺は一度深呼吸をして心を落ち着かせる。

 

 よし、冷静になるんだ。同じ過ちを犯すんじゃない。

 

 そう自分に言い聞かせること数秒。いつも通りの調子に戻り、薫に声を掛ける。

 

「薫、俺は本音しか言わないから」

 

「それこのタイミングで言う!?」

 

 どうやら違ったらしい。薫は声を荒らげ更に顔を赤く染め上げた。

 

 俺は取り敢えず「すまん」と謝り、謝罪の意味を込めて頭を撫でる。

 

「……ふぅ、もう落ち着いたよ」

 

「そうか、よかった」

 

 取り敢えず薫の調子が戻ったことに安堵し、引き続き頭を撫でる。他意はない。

 

「えへっ、お兄ちゃんに撫でられるの好きー♪」

 

「俺も薫の頭撫でるの好きだな」

 

 髪がサラサラしていて手触りもいいし、良い匂いがして落ち着くし、一生こうしていられる気がする。

 

 

 そう和んでしばらく。帰宅してから一時間近く経った頃合い。

 

 俺はリビングの床に正座させられていた。

 

 どうしてこうなったのか、少しばかり説明しよう。

 

 遡ること数分前、イチャイチャし終わってそれぞれで時間を潰していたとき。

 

 俺は部屋で宿題をこなしくつろいでいた。そのとき薫が部屋を訪ねてきて、今に至る。

 

 え? 全然なにもないじゃないかって? そうだよ、俺もそれで戸惑ってるんだよ。

 

 

「それで薫、どうして俺は呼ばれたんだ?」

 

「……」

 

 その質問に薫は答えず、ただ俺の前で腕を組み仁王立ちするのみ。

 

 怒っている──わけではないのだろう。多分、機嫌が悪いのだ。

 

 先程まであれほどはしゃいでいたのに、どうして急に機嫌が悪くなったのだろう。

 

 女心と秋の空とは、よく言ったものだ。

 

 

「なぁ薫? そろそろ話してくれないか?」

 

 しばらく間を空け、もう一度問い掛ける。

 

 すると薫は無言のまま俺の膝に腰を下ろした。

 

 ふ、太ももに薫の柔らかいお尻が……っ!

 

 薫は今ホットパンツでほとんど足を晒している、そんな状態で座られればほぼリアルな感触が伝わってくるのは当然だ。

 

 嗚呼、柔らかい……温かい……。

 

 滅多に味わうことのない感触に、俺はみるみるうちに昇天していく。

 

 

「お兄ちゃん」

 

 

 そんな俺の意識を引き留めるように、薫が俺を呼ぶ。

 

 俺は気を引き締めて、「なんだ?」と問う。

 

「最近お兄ちゃんは他の人に構いすぎです」

 

「お、おう」

 

 突然のことに、俺はたじろぎながら相槌を打つ。

 

「なので、夕食まで私に構ってください」

 

「お、おう?」

 

 別にお願いされれば断らないが(むしろ喜んで引き受ける)、どうしてこんな風に言ってきたのか、やっぱり気になる。

 

 だが取り敢えず、俺はお願いを遂行すべく薫の頭に手を置き、ゆっくり優しく撫でてやる。先程もしていたが、気にしない。

 

「ふぅ……はふ」

 

 薫は落ち着いたように息を溢し、脱力する。

 

 これでいいのだろうか。

 

「お兄ちゃん」

 

「なんだ?」

 

「お兄ちゃんは、私のお兄ちゃんなんだからね?」

 

「だからもっと妹に、私に構うべきなの」と唇を尖らせる薫。

 

 そうか、つまり薫は妬いていたのだ。俺が鳴美や九条院先輩に構っていたから。

 

 いや、俺も好き好んで二人に構っていたわけではない。だがまぁ、妹に寂しい思いをさせたのだ、言い訳など兄としてみっともない。

 

 だから俺は、静かに薫が満足するまで構ってやるのであった。

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