第17話 夕暮れ
クレープを食べてからまた何時間。もう
し
といっても、ウィンドウショッピングているだけだが。
雑談交じりに街中を歩くのは意外と楽しいもので、気付けば日も暮れ始め空が茜色に染まり始めた。
「さて、帰るか」
「うん、そーだね」
「結局家から連れ出されただけで、お前になにもしてもらってないよな」
昨日のお礼だからと言われデートを受けたのに、昼飯は自腹だしクレープは奢ってやったし、なにか買ってもらったわけでもない。
まぁ別になにもいらないのだが……。
「えー? いいじゃん、物あげるだけがお礼じゃないんだし」
「そうだな、言ってることは正しいが、物以外でもなにももらってないぞ」
「えー? 私とのデートだよ?」
だからなんだというのか。確かに見た目は良いかもしれないが、今更こいつとデートしたって嬉しくもなんともない。
「
「けーくん何事もなかったように話変えないで!?」
薫に話を振ると、鳴美が声を上げて俺と薫の間に割り入ってきた。
俺は鳴美の頭を掴んで押し退け、俺は平然と続ける。
「俺は和食がいい」
「そっかぁ、じゃあ肉じゃがとか?」
「おぉ、いいな」
「二人とも私を無視しないでぇ!?」
必死に懇願してくる鳴美に、俺と薫は揃って笑みを溢す。
「ほら、謝るから涙を拭け」
「泣いてないからね!?」
それなら目尻に浮かんでいる水滴はなんだというか。
俺はちょっと雑に頭を撫でてやる。すると鳴美は「にへへ♪」と笑みを溢した。
「ねぇ」
「なんだ」
「もっと頭撫でて?」
「断る」
即答すると鳴美は「なんでぇ?」と甘えてくるように尋ねてくる。
そんなことをしたら、今まで以上に男子の嫉妬と怒りを買うからな。と言葉を返すと、鳴美はコテッと小首を傾げた。
「別に人前でしてほしいわけじゃないよ?」
「当たり前じゃん」と能天気な発言に俺はムカつかずにはいられなかった。
「人前じゃなくても、どこから情報が漏れるかわからんだろ」
「それって……」
俺が言わんとすることがわかったのか、鳴美はハッと口元を押さえた。
「けーくんが話しちゃうってこと?」
「ちげぇよバカっ!」
斜め上すぎる回答を出す鳴美に、俺は迷いなく鳴美の頭を叩く。
「痛い!?」
「お前がバカ言ってるからだろバカ」
「けーくんバカって言いすぎ!」
実際にバカだろ。そんな言葉が出掛かったところで薫の視線に気付く。
なんだか生暖かい。
「薫、どうした」
「いやぁ、微笑ましいなぁって」
「これの? どこが?」
我が愛しの妹は面白い冗談を言う。
俺は「あはは」と笑い、薫の頭に手を乗せる。
「あんまり笑えない冗談言うと、お兄ちゃん怒るからな?」
「う、うん、わかった」
薫はぎこちない笑みを浮かべ、何度も頷く。どやら俺のことを怖がっているみたいだ。
おっかしいなぁ? 最高の笑顔を作ったのに。
「さて、帰るか」
二人は、やはり無言で頷くことしかしなかった。
◇ ◇ ◇
賑やかな街中から一転、俺たちは静かな住宅街に戻ってきた。
家の近くまで戻ってくる頃には、空は茜色からより暗くなり家々の明かりがイルミネーションみたいだ。
どこからか漂う匂いに、もうそんな時間かと気付かされる。
ふむ、これはカレーか。
なぜこんな風景の感想ばかりか、それは二人がまったく口を開かないからなのだが……そうこうしていると、もう家に着いた。
早かったな。
「よし、やっとデート終わったな」
「なんでそんなに嬉しそうなの!?」
やっと取り戻した自由に背伸びをしていると、今まで黙り込んでいた鳴美が声を荒らげた。
「ん? もともと俺は後ろ向きだったしな」
「それはわかってるけどぉ」
鳴美は肩を落として、目尻に涙を浮かべる。
いつもはウザいし、正直関わるのも面倒だが……今日はなんだかんだ楽しかったし、薫もいつにもなくはしゃいでたし、
「でもまぁ、楽しかったぞ」
「──っ!」
ちょっとばかり素直に感想を述べると、鳴美は溜めていた涙を拭い去りいつものウザい笑顔を浮かべた。
「えへへっ♪ けーくんのツンデレぇっ♪」
「バカ言うな」
「えー? でもけーくん──」
「それ以上口にするなら、今後一切お前とは関わりを持たないからな?」
「ごめんなさいっ! それだけは勘弁してぇっ!」
調子に乗っていた鳴美は、俺の一言でまた泣きそうになりその場で土下座までし始めた。
今俺たち以外に誰もいないからよかったものの、こんなところを誰かに見られたら変な誤解をされそうだ。
「わかったから、それ止めろ」
「……うん」
鳴美はしょんぼりとした表情のまま起き上がり、踵を返して自らの家へとトボトボと歩き出す。
哀愁漂う背中姿に俺はため息を溢して、
「暇だったら、また付き合ってやる」
そう言った。
鳴美はすぐに振り返り俺を見つめると、今日で一番の笑顔を浮かべ、
「うんっ!」
とても強く頷いた。
そのまま彼女はこちらに手を振りながら、玄関の扉の奥へと消えていった。
「さて、俺たちも家に入るか」
鳴美を見送った俺は、ふぅと息を吐いて薫の頭を撫でる。
やはりこれが落ち着く。
「お兄ちゃん」
「なんだ?」
「熱々だね♪ 鳴美ちゃんと付き合ったら?」
我が愛しの妹は、どうやら学習しないらしい。
俺は薫の頭に置いていた手に力を入れ、グリグリと撫で回す。
「かーおーるー?」
「あわわっ、ごめんなさぁぁぁいっ」
薫の謝罪が夕方の静かな住宅地に響き、こうしてデートは幕を閉じたのであった。
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