第16話 デートとクレープと間接キス

 服屋を後にした俺たちは、目的地なくただ気の向くまま歩いていた。

 

 といっても、まだ服屋以外の場所へ寄っているわけではなく、本当にただ歩いているだけ。

 

 満足げに鼻歌を歌う鳴美なるみは、時折我が子を慈しむ母親のように購入した服が入っている袋を撫でている。

 

 鳴美の行動は理解に苦しむが、まぁこいつはいつもおかしいし、無視するのが一番か。

 

 そう自分を納得させ、気休めに薫の手を握る。

 

 薫は驚いたように目を見開き俺を見たが、すぐになにもなかったように(笑っているように見えるが)前を向いた。

 

 

「えー? 薫ちゃんだけズルい~」

 

 薫に注意を向けていると、反対にいた鳴美が不満そうにそう声を上げ──

 


「私もーっ!」

 

 

 そう腕に抱きついてきた。

 

 傍から見れば両手に花といった状況に、周りからの視線が痛い。

 

 俺はなるべくわかりやすく嫌な顔をして、鳴美に告げる。

 

「離れろ」

 

「えー? 嫌だよぉ」

 

 が、鳴美はたじろぎもせずまるで冗談を流すようにそう言い、「んふぅ♪」と変な声を漏らしながら俺の腕に頬擦りをしてくる。

 

 周りの、特に男からの視線に鋭さが増した。

 

 こんな経験は、小学校時代から数えきれないほどにある。その度に同学年や後輩、先輩や近所の男にまで嫉妬される羽目になったのだ。

 

 ったく、少しはこっちのことも考えてくれよ。

 

 そんな悪態も、何度も吐いてきた。結局「気にしなくていいよ~」と言われて終わったが。

 

 俺はそこまで思い出して、諦めてため息を吐く。

 

 こんなのは、気にしないのが吉だな。

 

 

「……というか、私が離れても薫ちゃんと手を繋いだままだと変わらないと思うけどー?」

 

「うっ、まぁもういいだろ」

 

 苦し紛れにそう言うと、鳴美は「そうだねー」と頷き朗らかに微笑んだ。

 

 

     ◇   ◇   ◇

 

 

 それから俺たちは、何度か店に入って店内を回り、なにも買わずに出るを繰り返して時間を消費していた。

 

 いまだ俺たちが持つ荷物といえば、最初の服屋で鳴美が買った服くらい。

 

 デートって、こんな感じなのだろうか。

 

 薫と出掛けることは度々あり、こんな風になにも買わないなんてことはよくあることだが……実際デートとなるとそれでいいのかと思わなくもない。

 

 まぁ鳴美がそれでいいっぽいので、なにも言わないが。

 

 

 それから更に街を巡ること……どのくらい経ったのだろう。俺たちは賑やかなところからやや和やかな場所に来ていた。

 

 先程までいた場所よりも人が少なく緑が多いその場所は、憩いの場と呼ぶに相応しい雰囲気に包まれている。

 

「ふぅ、ちょっと休憩しよっか」

 

 汗を拭うような仕草をする鳴美に、俺はベンチに腰掛けてから白い目を向ける。

 

「結局、デートとか言いながらウォーキングに俺たちを付き合わせただけじゃないか」


「んー、ウォーキングじゃないよぉ。ちゃんと服も買ってるし、目につく物があれば買う予定だったし」

 

「なら一人で来ればよかっただろ」

 

 そう言うと、鳴美は戸惑ったようにたじろぎ、

 

「だからこれは昨日のお礼だって」

 

 と思い出したかのように付け足した。

 

 ……まぁ、それもあと少しの辛抱だろう。

 

 そう自分に言い聞かせていると、薫が「あっ!」となにかを見付けたように声を上げた。

 

「薫、どうしたんだ?」

 

「あれっ、クレープの屋台っ!」

 

 興奮気味な薫は、ちょっと強めに俺の肩を叩き前方を指差す。

 

 確かに、クレープの屋台が停まっていた。

 

 スマホで時刻を確認すると、三時過ぎとおやつには丁度いい時間だ。

 

「食べたいか?」

 

「うんっ!」

 

「けーくんっ、私も食べたいっ!」

 

 薫に続いて勢いよく挙手する鳴美に、「わかったから黙れ」と伝え小走りで屋台へ向かう。

 

 さて、薫はチョコバナナだよな、鳴美は……イチゴでいいか。

 

 イタズラしてやろうかとも考えたが、そんなことをしては薫に怒られてしまうし、それに……背中に刺さる期待の視線が痛いので、普通に買ってやろう。

 

 俺はその二つを注文し、代金と引き換えにクレープを二つ受け取って二人の待つベンチへと戻った。

 

 

「買ってきたぞ」

 

「お兄ちゃんありがと♪」

 

「ありがと、けーくん♪」

 

 それぞれにクレープを渡すと、二人はこれでもかと言うほど目を輝かせてクレープに食い付いた。

 

「甘ぁい♪」

 

「おいしーっ!」

 

 二人ははしゃぎながら、楽しそうにクレープを食べていく。

 

 そんな二人の幸せそうな顔を見て、こんなのも悪くはないな、と思った。

 

 

「あれ? けーくんは買わなかったの?」

 

「ん? あぁ、別に俺は食べたかったわけじゃないからな、それに甘そうだったし」

 

 甘いのが苦手というわけではないが、甘すぎるとしばらく気持ち悪くなってしまうので、俺の分は頼んでいない。

 

 それだけなのだが……鳴美は「可哀想」と勝手に同情してきて、挙げ句の果てには自らが食べていたクレープを差し出し、

 

「あーん」

 

「いや、俺はいらないからお前が食えよ」

 

「えー、けーくんも一緒に食べようよぉ」

 

「いらん」

 

 そんなやり取りをしていると、薫が小さく微笑み鳴美と同じようにクレープを差し出してきた。

 

「はい、お兄ちゃん♪」

 

「うっ」

 

 どうしよう、と動揺が生まれる。

 

 薫の「あーん」を受け取らないわけにはいかないが、そうすると鳴美が拗ねてしまう。かといって薫の厚意を無下にするわけにはいかないし……。

 

 しばらく葛藤を続けた結果……俺はため息を吐く。

 

「わかった、少しだけもらうよ」

 

「うん♪」

 

「どぉぞ♪」

 

 俺はまず、鳴美の差し出しているイチゴのクレープを一口貰う。

 

 クリームの甘さとイチゴの酸味がバランスよく、クレープの生地もモチモチしていて美味しい。

 

 まぁ丸ごと一つは食べれそうにないけど。

 

 飲み込んで、次は薫のチョコバナナのクレープを食べる。

 

 チョコソースは意外にも甘さが控えめだったが、やっぱりクリームの甘さが強く一口だけなら美味しかった。

 

「まぁ美味しいな」

 

「えへへぇ♪ そうでしょそうでしょっ!」

 

「うんっ、美味しいね♪」

 

 鳴美と薫は嬉しそうに微笑んで、再びクレープを食べ始める。

 

 そんな二人を眺めていると、ふと薫がニヤリと笑った。

 

「お兄ちゃん」

 

「ん? なんだ?」

 

「間接キスだね♪」

 

「ぶほっ!?」

 

 薫の思わぬ発言に、俺はつい吹き出してしまう。

 

 そんな俺を見て、薫は愉快そうに笑った。

 

「お兄ちゃんは可愛いなぁ」

 

「ったく、からかうのは止めてくれ」

 

 そんなやり取りをしていると、ふと鳴美が静かになっていることに気付く。

 

 鳴美の方を確認すると、鳴美は顔を真っ赤に染めて自らのクレープを見つめていた。

 

 こいつ、まさか……。

 

 鳴美の意外な反応に、今度はちょっと呆れてしまう。

 

 結局、クレープを食べ終わってもしばらくの間鳴美は静かなままだった。

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