第15話 鳴美とデートとコーディネート

 鳴美なるみの訪問から早三十分。俺たちは全国チェーンのレストランに来ていた。

 

 時間帯がギリギリだったため入店は危うかったが、なんとか並ぶ羽目にはならずに済み、今は窓際の席でメニュー表とにらめっこしている。

 

 

「──というか、デートに誘っといて早々昼飯かよ」


「し、仕方ないじゃんっ、時間がギリギリだったんだからっ」

 

 白い目を向けると、鳴美は唇を尖らせて窓の外を向いた。

 

 くっ、こいつめ。もう少し計画性を持ってくれよ。

 

「まぁまぁ、落ち着いてよお兄ちゃん」

 

 ジトーとした目を鳴美に向けていると、隣に座っていたかおるが宥めるように頭を撫でてくる。

 

 ……ふぅ、仕方ないなぁ。

 

 

「けーくん、ホント薫ちゃんに甘いねー」

 

 ゴゴゴとオーラをまとい、白い目を向け返してくる鳴美。

 

「甘いわけじゃないだろ、普通だ」

 

「それが普通なら、私にも同じような扱いをしてほしいなー」

 

 そんなバカを言い出す鳴美に、俺は思わず「はぁ?」と聞き返す。

 

「だからっ、薫ちゃんへの態度が普通っていうなら、私にも普通の態度をしてほしいのーっ」


「バカか? 妹と幼馴染みじゃ態度が違うのは当たり前だし、あとお前に普通の態度をする理由がない」

 

 そう断言すると鳴美は驚いたように口を開き固まった。

 

「け、けーくんってホントに酷いよね……」

 

 それだけ呟き、鳴美は静かにメニュー表へ視線を落とした。

 

 あぁ、これは拗ねてるな。

 

 もう十何年と一緒にいると、挙動や声のトーンだけで相手の気分がわかってしまうのだ。

 

 まったく、無駄な能力が備わっちまったな。

 

 そうため息を吐いていると、ポンポンと薫に肩を叩かれた。

 

「ん? なんだ?」

 

「ちゃんとあとでフォローしておいてね?」

 

「……わかってるよ」

 

 俺はもう一度、気付かれないよう小さくため息を吐くのであった。

 

 

     ◇   ◇   ◇

 

 

 レストランでの昼食を終えた俺たちは、会計を済ませ混雑したレストランを後にした。

 

 いまだ鳴美の機嫌は直らず、俺の隣を珍しく静かに歩いている。

 

 静かという利点しかないこの状況に俺は不満はないのだが……薫が先程から『早く仲直りして』という視線をずっと俺に向けているので、どうにかしなければならない。

 

 さて、面倒なこいつの機嫌をどう直そうか。

 

 歩きながら考えていると、ふと鳴美が立ち止まった。

 

 

「鳴美、どうしたんだ?」

 

「ん、なんでもない」

 

 鳴美は素っ気なく答えると、俺たちを追うようにまた歩き出す。

 

 なんだと思い、俺は鳴美が先程まで見ていたであろう場所へ目を向ける。

 

 服屋だった。

 

 そういえば、とちょっとばかし前の記憶が甦る。

 

 服がほしいって、言ってたっけ。

 

 俺は頭を掻きため息を溢す。

 

 

「あれ、けーくんどこ行くの?」

 

「仕方ねぇな、少しばかり付き合ってやるよ」

 

「???」

 

 鳴美は頭上に疑問符を浮かべ、わけがわからないと言わんばかりに首を傾げた。

 

 隣にいる薫は察しが付いたのか、おかしそうに微笑んでいる。

 

 俺はもう一つため息を吐き、隙だらけの鳴美の手を掴む。

 

「えっ、えっ、えっ!?」

 

「ほら行くぞ」

 

「え? どこに?」

 

「服屋だよ、お前が行きたそうに見てたから、仕方なくな」

 

 そう伝えると、ムスッとした表情から一転、鳴美は満面の笑みを浮かべた。

 

「ふふっ♪ じゃあけーくんがコーディネートしてくれる?」

 

「まぁ、薫のついでにしてやるよ」

 

 頬を掻きながらそう答えると、鳴美は「そっか」と嬉しそうに頷く。

 

「じゃあよろしくね、けーくん♪」

 

 

 それから三十分後。

 

「けーくんっけーくんっ、これとこれどっちが似合うと思うっ!?」

 

 鳴美は両手に別々の服を持ち、自分の体に合わせるよう交互に重ねて食い込みに尋ねてくる。

 

 選んでやるとはいったが、ここまで付き合わされるとは思っても見なかった。

 

 くそっ、薫のついでって言ったのに、薫の服すら選べてないじゃないか。

 

 ついでに薫は、近くのベンチに座って俺たちを眺めている。

 

 俺は見世物じゃないぞ。そう視線を送っていると、薫と目があった。

 

 薫はおかしそうに笑う。

 


「けーくん? ねぇけーくんっ、聞いてるのけーくんっ!」

 

「うるさい、そう何度も呼ばれなくても聞こえている」

 

「じゃあ早く選んでよぉ」

 

「はぁ、わかったからそう急かすな」

 

 グイグイと迫ってくる鳴美の頭を押さえ、手に持ってある服を見比べる。

 

 片方は淡いオレンジに近い色を基調としてあり、襟はほぼ白に近く丸くなっている。袖口と裾も同じようになっており、全体的に明るい印象だ。

 

 もう片方はパステルグリーン基調で、白で葉っぱや花が描かれている。袖口と裾は広がっており、爽やかでどちらかと言えば落ち着いた印象を抱く。

 

 んー、バカにうるさい鳴美ならオレンジの方だろうな。 


「こっちかな」

 

「そっかぁ、けーくんは私にこういうのを求めてるんだね」

 

 いや、求めているわけではないのだが。そう訂正しようにも鳴美は素早い動きで店の奥へと姿を消した。

 


「ふぅ、やっと解放された」

 

 俺は息を吐き、薫の隣に腰掛ける。

 

「お疲れ様~」

 

「鳴美があそこまでしつこいとは思わなかった」

 

「んー、仕方ないんじゃない? お兄ちゃんが選んでくれるんだから」

 

「そんなもんなのか?」と尋ねると、薫は「そんなもんなの」と当然のように答えた。 


 まぁいい、これからは薫の服を選ぶんだ、思う存分楽しめるぞ。

 

 しがらみから解放された俺はグッと拳を握り締め──

 

 

「けーくーんっ!」

 

 

 どうやらまだ終わらないらしい。鳴美の手には服に代わってミニスカートとホットパンツが掴んである。

 

 まだ続くのか。

 

 俺はため息を溢し、鳴美の元へ戻った。

 

 

 結局、その二択ではホットパンツを選び、それから小一時間鳴美に付き合わされることとなったのであった。

 

 薫の服を選ぶのは、また今度にしよう……。

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