第15話 鳴美とデートとコーディネート
時間帯がギリギリだったため入店は危うかったが、なんとか並ぶ羽目にはならずに済み、今は窓際の席でメニュー表とにらめっこしている。
「──というか、デートに誘っといて早々昼飯かよ」
「し、仕方ないじゃんっ、時間がギリギリだったんだからっ」
白い目を向けると、鳴美は唇を尖らせて窓の外を向いた。
くっ、こいつめ。もう少し計画性を持ってくれよ。
「まぁまぁ、落ち着いてよお兄ちゃん」
ジトーとした目を鳴美に向けていると、隣に座っていた
……ふぅ、仕方ないなぁ。
「けーくん、ホント薫ちゃんに甘いねー」
ゴゴゴとオーラをまとい、白い目を向け返してくる鳴美。
「甘いわけじゃないだろ、普通だ」
「それが普通なら、私にも同じような扱いをしてほしいなー」
そんなバカを言い出す鳴美に、俺は思わず「はぁ?」と聞き返す。
「だからっ、薫ちゃんへの態度が普通っていうなら、私にも普通の態度をしてほしいのーっ」
「バカか? 妹と幼馴染みじゃ態度が違うのは当たり前だし、あとお前に普通の態度をする理由がない」
そう断言すると鳴美は驚いたように口を開き固まった。
「け、けーくんってホントに酷いよね……」
それだけ呟き、鳴美は静かにメニュー表へ視線を落とした。
あぁ、これは拗ねてるな。
もう十何年と一緒にいると、挙動や声のトーンだけで相手の気分がわかってしまうのだ。
まったく、無駄な能力が備わっちまったな。
そうため息を吐いていると、ポンポンと薫に肩を叩かれた。
「ん? なんだ?」
「ちゃんとあとでフォローしておいてね?」
「……わかってるよ」
俺はもう一度、気付かれないよう小さくため息を吐くのであった。
◇ ◇ ◇
レストランでの昼食を終えた俺たちは、会計を済ませ混雑したレストランを後にした。
いまだ鳴美の機嫌は直らず、俺の隣を珍しく静かに歩いている。
静かという利点しかないこの状況に俺は不満はないのだが……薫が先程から『早く仲直りして』という視線をずっと俺に向けているので、どうにかしなければならない。
さて、面倒なこいつの機嫌をどう直そうか。
歩きながら考えていると、ふと鳴美が立ち止まった。
「鳴美、どうしたんだ?」
「ん、なんでもない」
鳴美は素っ気なく答えると、俺たちを追うようにまた歩き出す。
なんだと思い、俺は鳴美が先程まで見ていたであろう場所へ目を向ける。
服屋だった。
そういえば、とちょっとばかし前の記憶が甦る。
服がほしいって、言ってたっけ。
俺は頭を掻きため息を溢す。
「あれ、けーくんどこ行くの?」
「仕方ねぇな、少しばかり付き合ってやるよ」
「???」
鳴美は頭上に疑問符を浮かべ、わけがわからないと言わんばかりに首を傾げた。
隣にいる薫は察しが付いたのか、おかしそうに微笑んでいる。
俺はもう一つため息を吐き、隙だらけの鳴美の手を掴む。
「えっ、えっ、えっ!?」
「ほら行くぞ」
「え? どこに?」
「服屋だよ、お前が行きたそうに見てたから、仕方なくな」
そう伝えると、ムスッとした表情から一転、鳴美は満面の笑みを浮かべた。
「ふふっ♪ じゃあけーくんがコーディネートしてくれる?」
「まぁ、薫のついでにしてやるよ」
頬を掻きながらそう答えると、鳴美は「そっか」と嬉しそうに頷く。
「じゃあよろしくね、けーくん♪」
それから三十分後。
「けーくんっけーくんっ、これとこれどっちが似合うと思うっ!?」
鳴美は両手に別々の服を持ち、自分の体に合わせるよう交互に重ねて食い込みに尋ねてくる。
選んでやるとはいったが、ここまで付き合わされるとは思っても見なかった。
くそっ、薫のついでって言ったのに、薫の服すら選べてないじゃないか。
ついでに薫は、近くのベンチに座って俺たちを眺めている。
俺は見世物じゃないぞ。そう視線を送っていると、薫と目があった。
薫はおかしそうに笑う。
「けーくん? ねぇけーくんっ、聞いてるのけーくんっ!」
「うるさい、そう何度も呼ばれなくても聞こえている」
「じゃあ早く選んでよぉ」
「はぁ、わかったからそう急かすな」
グイグイと迫ってくる鳴美の頭を押さえ、手に持ってある服を見比べる。
片方は淡いオレンジに近い色を基調としてあり、襟はほぼ白に近く丸くなっている。袖口と裾も同じようになっており、全体的に明るい印象だ。
もう片方はパステルグリーン基調で、白で葉っぱや花が描かれている。袖口と裾は広がっており、爽やかでどちらかと言えば落ち着いた印象を抱く。
んー、バカにうるさい鳴美ならオレンジの方だろうな。
「こっちかな」
「そっかぁ、けーくんは私にこういうのを求めてるんだね」
いや、求めているわけではないのだが。そう訂正しようにも鳴美は素早い動きで店の奥へと姿を消した。
「ふぅ、やっと解放された」
俺は息を吐き、薫の隣に腰掛ける。
「お疲れ様~」
「鳴美があそこまでしつこいとは思わなかった」
「んー、仕方ないんじゃない? お兄ちゃんが選んでくれるんだから」
「そんなもんなのか?」と尋ねると、薫は「そんなもんなの」と当然のように答えた。
まぁいい、これからは薫の服を選ぶんだ、思う存分楽しめるぞ。
しがらみから解放された俺はグッと拳を握り締め──
「けーくーんっ!」
どうやらまだ終わらないらしい。鳴美の手には服に代わってミニスカートとホットパンツが掴んである。
まだ続くのか。
俺はため息を溢し、鳴美の元へ戻った。
結局、その二択ではホットパンツを選び、それから小一時間鳴美に付き合わされることとなったのであった。
薫の服を選ぶのは、また今度にしよう……。
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