第14話 鳴美のお誘い

 翌日。鳴美なるみは朝早くに家に帰り、東原あずまはら家に平穏が戻った。

 

 今日は土曜日、つまり休日で学校もないし予定もない、完全なフリー状態。

 

 俺はというと朝からかおるが作ってくれた朝食を摂り、兄妹で仲良くアニメの観賞会を行った。

 

 リアルタイムで観れなかった分のアニメを見終えると、次は勉強タイム。といっても俺は成績が良い方なので、大抵は薫に教えているだけだ。

 

 毎週訪れるこの幸福の日に、日々の疲れやストレスが消化されていく。

 

 もはや俺にとってこの時間は、生きていく上で必要不可欠な時間となっている。

 

 

「お兄ちゃんー? ここ教えてー」

 

「おう」

 

 問題集の中の一つを指し尋ねてくる薫に、俺は丁寧に教えていく。

 

 嗚呼、神よ……幸せすぎて死にそうです。

 

 俺はいつも幸福を授けてくれる神に感謝を捧げながら、薫に勉強を教えていく。

 

「ありがとお兄ちゃん! これで課題がほとんど終わっちゃった!」

 

「ん、おう、そうか」

 

 教えるのが楽しくて気付かなかったが、薫が持って降りてきていた課題はすっかり消化されていた。

 

「じゃあこれ片付けてくるね」

 

 そう言うと、薫は積んでいた問題集やらノートを抱えリビングを出ていった。

 

 俺はソファーに体を沈め、体から力を抜くように深く息を吐く。

 

「さぁて、なにしよっかな──」

 

 

 ピンポーン。

 

 

 俺の言葉を遮るように呼び鈴が鳴る。

 

「……」

 

 新聞の勧誘か、それとも宅配か。

 

 まぁどっちも違うだろうなぁ。

 

 俺は幸せが去っていくのを感じながら、重たい足を動かし玄関へと向かう。

 

 

「けーくん! お礼にデートしよっ!」

 

 まぁ訪問者は予想通り鳴美なわけで、俺は思わずため息を吐く。

 

 鳴美は俺がなにか助けたりすると、決まって翌日こういう風にやってくるのだ。

 

 昔は一緒に遊ぼうとか、おやつ食べようとかだったが、まさかデートになるとは。

 

「ね? どう?」

 

 期待の眼差しを向けてくる鳴美に、

 

「行かん」

 

 俺ははっきりと断った。

 

 どうしてこいつのために薫との時間を潰さねばならないのだ。

 

「えー? どうしても?」

 

「どうしても?」

 

「忙しいの?」

 

「薫と昼食を摂ったり昼寝したりで忙しい」

 

「それは忙しいとは言わないよ!?」

 

 声を荒らげる鳴美に俺は迷わずデコピンを叩き込む。

 

 鳴美は「ふぎゃっ」と変な声を出しておでこを押さえた。

 

「い、いきなりなにするのさ」

 

「うるさかったから、つい」

 

「けーくんは〝つい〟で人にデコピンをするの!?」

 

 そう尋ねてくる鳴美に、俺は「いや」と否定する。

 

「相手は選ぶ」

 

「私はいいのっ!?」

 

 俺は勢いで「当然だ」と口にしようとした。実際には「とうぜ」で止まったが。

 

 理由は鳴美の右手。しっかりと握られいつでも俺を穿てるように構えられてある。

 

 つまり、鳴美の拳が怖くて言うのを止めたということだ。

 

「……まぁ、その、すまない」

 

「うんうん」

 

 仕方なく謝ると、鳴美は満足そうに頷く。

 

 これは脅迫と言うのではないだろうか。

 

 そんなことをしていると、片付け終えたのか二階から薫が降りてきた。

 

 

「鳴美ちゃんいらっしゃいー。足はもう大丈夫なの?」

 

「うん、もともとちょっと捻っただけだったから」

 

「そっか、よかったね!」

 

「うん! それで、お礼にをデートに誘おうと思ったんだけど……」

 

 語尾を濁すと鳴美はゆっくりと俺に視線を向ける。

 

 いや待て、薫も一緒とか聞いてないぞ。

 

 そう目で訴え掛けると、鳴美はサッと目を逸らした。

 

 こいつ……っ。

 

「お兄ちゃん、行ってあげようよ」

 

「可哀想だよ」と薫が優しい声音で語り掛けてくる。

 

 まぁ、薫が良いならいいか。

 

「……わかったよ」

 

「っ! そっか、やったぁ!」

 

 俺が渋々了承すると、鳴美は晴天のように眩しい笑顔を浮かべた。

 

「じゃあ早く行きたいから、二人とも急いで準備して!」

 

「はぁっ!? いきなりなんだし少しぐらい待て──「わかった!」……はぁ」

 

 鳴美に抗議しようとしたが、薫がノリノリだったため俺は代わりにため息を吐く。

 

「それじゃあ五分で準備してっ!」

 

「せめて十分寄越せ!」

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