第13話 這い寄れ鳴美ちゃん!

 深夜、けーくんとかおるちゃんも寝静まっているであろう時刻。

 

 私──風羽かざば鳴美なるみは覚悟を決めた。

 

 隣で寝ている薫ちゃんを起こさないよう慎重にベッドから出て、忍び足で部屋を出る。

 

 向かう先は薫ちゃんの部屋の隣、けーくんの部屋。そう、私はけーくんに夜這いをかけに行くのだ。

 

 緊張で手が震えるけど、こんなチャンスはそう頻繁にあるとは思えない。お母さんからのメッセージが切っ掛けだけど、今はそれでもいい。けーくんと結ばれるなら、ちょっと強引な手でもやってみせる。

 

 たった四、五メートルの距離が学校よりも遠く感じた。

 

 

「すぅ……はぁ」

 

 けーくんの部屋の前に到着した私は、深呼吸を繰り返して心を落ち着かせる。

 

 大丈夫、普通のパジャマだし勝負下着でもないけど……頑張ろう。

 

 両手でグッと拳を作り、自分を鼓舞する。

 

 私はドアに耳を当て中の音を確認する。一応吹奏楽部だから、こういうことは得意なのだ。

 

 うーん、音はしない、かな?

 

 確認を終えた私は、再度深呼吸を繰り返しドアノブに手を掛ける。そしてそのまま、ゆっくりと回す。

 

 ドアノブはスムーズに回る。どうやら鍵は掛かっていないみたい。

 

 私は安堵しつつ、気を緩めないよう集中する。

 

 やがてドアノブは回りきり、そのまま押すとゆっくりと開いた。

 

 第一関門は突破。次はけーくんの布団に潜り込む。

 

 チラリとベッドに視線を向けると、けーくんが肩まで布団を被りスヤスヤと眠っていた。

 

 私の侵入に気付いた様子はない。

 

 ドアを閉めついでに鍵を掛けて、足元を確認しながらけーくんの元に向かう。

 

 

 ベッドの前に立つと、けーくんの顔がよく見えた。

 

 けーくんは黒髪で目も黒い、いかにも日本人といった容姿をしている。目付きはちょっと鋭くて怖いイメージを持たれがちだけど、付き合いが長いとそこも魅力に思える。

 

 もしかしたら、好きだから魅力に思えるのかもしれないけどね。

 

 ふっ、と笑って私は恥ずかしさに手で顔を覆う。

 

 あぁもう! けーくんイケメンすぎだよぉおおおっ! 恥ずかしくて見れないじゃあん!

 

 

 寝顔もかっこいいとかけーくんイケメンすぎ、と荒ぶること数分。

 

 やっと落ち着いた私はけーくんが起きないよう布団を捲り──けーくんの温もりがぁぁぁっ!

 

 布団を掴んでいた手を、ふわっとした熱が優しく包んできた。

 

 幸せすぎるよぉ……えへへ♪

 

 自覚が持てるほど私は赤面し、だらしない笑みを浮かべる。

 

 

「──はっ」

 

 そうだ、ここで幸福感に浸っている場合ではない。私の本来の目的はけーくんと……ごにょごにょ……することだから!

 

 頑張れ私! と鼓舞をして、ゆっくりと慎重にけーくんの布団に潜り込む。

 

 ふわぁっ! けーくんの温もりに包まれてるよぉ……♪

 

 幸せすぎるよぉ、そう悶えること更に数分。

 

 はぁ、はぁ……っ、ちょっと興奮しすぎちゃった。

 

 私は反省をして、改めて正面を見る。

 

 私の大好きなけーくんが、目と鼻の先。

 

 ゴクリと息を呑む。

 

 き、きききキスしてもいいよね!?

 

 興奮に冷静さをなくした私は、欲望の赴くままけーくんの唇に私の唇を重ね──

 

 

 むにゅ。

 

 

 ──ようとしたところで、頬っぺたを力強く掴まれた。

 

「おい鳴美……なにしてんだ?」

 

「けっ、けーくん」

 

「もう一度訊くぞ? なにしてんだ?」

 

 明らかに起こっている声音に、私は冷静になった。それはもう、夕食後の決意すらバカに思えるほど冷静に。

 

 サァ、と血の気が引く。

 

 どどど、どうしよう!? これで嫌われたらどうしよう!?

 

 冷静になって、焦る。

 

 このままではもともとあった関係すら壊れてしまう。どうしたらいいのだろう。

 

 そんな自問自答を繰り返していると、けーくんは体を起こしておもむろに私の頭に手を乗せた。

 

「はぁ、肩貸してやるから薫の部屋戻れ」

 

 けーくんはいつものように暴言を吐くことはせず、優しく諭すようにそう言ってきた。

 

 思わず涙が出そうになったのを堪えて、ゆっくりと頷く。

 

 あぁ、やっぱりけーくんは優しいなぁ……。

 

「言っておくが、今回だけだからな? 次やったら家から叩き出す」

 

「家から!? 部屋からじゃなくて!?」

 

 大声を上げる私に、けーくんは黙れとジェスチャーで伝えてくる。

 

 そうだ、薫ちゃんは寝てるんだから静かにしてないとね。

 

 私がベッドから降りると、続いてけーくんもベッドから這い出て支えるように私の肩を持ってくれた。

 

 ふふっ、けーくんはホント優しいなぁ♪

 

 

 私は薫ちゃんの部屋に着くまでの数秒間、けーくんに自分の身を預けるのであった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る