第11話 大好きだよ♪

 教室に入ると、挨拶をするよりも前に大和やまとが駆け寄ってきた。

 

けい殿! 昨日のとなヴァン観ましたか!?」

 

 来て早々アニメの話を持ち出してくる辺り、さすが大和だな。

 

 そんな変な関心を持ちながら、俺は首を横に振る。

 

「昨日もいろいろあってな」

 

「それなら仕方ないですの。昨日の回はとても百合百合しくてたまらなかったでござるよ」

 

 俺が観れていないというのに、こいつは平気でネタバレしてくるな。俺がネタバレしそうになったときはめっちゃ怒るのに。

 

 ついでに、となヴァンとは隣のヴァンパイアというアニメの略称で、普通の女子高生がある日出逢った吸血鬼の少女とただイチャイチャするだけの、平和な百合アニメだ。

 

 雄弁に語る大和をウザったく思いながらも、俺は教室の壁に寄り掛かり静かに話を聞く。

 

 あぁもう、観てないのにおよそのストーリーわかっちまったじゃねぇか。

 

 腹いせに今度ネタバレしてやろうと考えていると、ふとブレザーの袖を引っ張られる。鳴美なるみだった。

 

 

「けーくん、私のこと忘れてない?」

 

「忘れられればいいのにな」

 

「けーくん酷い!?」

 

 こいつはよく大声を上げるな。喉痛めないのか?

 

 そんな疑問は他所にやって、ぐぬぬと近寄ってくる鳴美の頭を鷲掴み力強く押す。

 

 くっ、こいつ意外に力あるんだよな……っ。

 

 などと苦戦していると、大和がニヤニヤと笑っていた。

 

 イラッ☆

 

「ふんっ」

 

「ぬべふぉっ!?」

 

 ムカついた俺は、隙だらけの大和の腹に拳を叩き込む。すると大和は珍妙な声を口から溢し、その場にうずくまった。

 

「ひ、酷いではないか慧殿……ごふっ」

 

「うるせぇ、笑ってたお前が悪い」

 

「げっ、解せぬ……」

 

 それだけ言い残し、大和は沈んだ。

 

 ふぅ、スッとしたぜ。

 

 

「けーくん、そろそろ手を離してくれないかな?」

 

「ん?」

 

 勝利の余韻に浸っていると、ふと声が掛けられる。

 

 そういえば鳴美を鷲掴みにしたままだった。

 

 俺は大袈裟に腕を振り鳴美を払い除ける。

 

「もー、これで頭が悪くなったらけーくんのせいだからね?」

 

「そのときは責任取ってよ?」と続けて言ってくる鳴美。どう責任を取れというのか。

 

「というか、お前はもともと頭悪いだろ」

 

「けーくん酷いよ!?」

 

「事実だろ、毎回テストで赤点出しやがって。この前なんか数学の豊和とよかず先生から『風羽かざばに勉強教えてやってくれ』って哀れみを持って言われたんだぞ?」

 

「ぜ、全部が赤点なわけじゃないよぉ」

 

「ほぼ全部だろ。せめて良い点取るのは家庭科くらいだろ」

 

 真実を隠すことなく伝えると、鳴美は目を潤ませ泣きついてきた。

 

「うぅ、世界は残酷だよぉ」

 

「残酷なのはお前の成績だ」

 

「うわぁぁぁんっ」

 

 必死に涙を堪えていた鳴美は、ついに泣き出してしまった。クラスの視線が俺に集まる。

 

 俺はため息を溢し、乱暴に鳴美の頭を撫でてやる。鳴美は不思議そうに顔を上げた。

 

「まぁ先生にも言われたからな、次のテストは赤点回避できるよう勉強教えてやるよ」

 

「け、けーくん……っ!」

 

 心なしか、向けられる視線が暖かくなった気がする。

 

「これで赤点取られたら、先生になに言われるかわからないからな」

 

「ふふっ、けーくんのツンデレ♪」

 

「あぁん? 馬鹿言ってると勉強教えねぇぞ?」

 

「それはヤダー」

 

 あははと笑う鳴美はとても楽しそうで、朝からため息を量産してしまった。

 

 

     ◇   ◇   ◇

 

 

 放課後。久しぶりになにも用がなく、俺はかおるを教室まで迎えに行き一緒に帰ることにした。

 

 教室では、薫は以前見掛けた友達と楽しく話し込んでいてなかなか引き剥がすのに心を痛めたが、薫の友達が察してくれて程なく薫は俺の元へ走ってきた。

 

「もう、呼んでくれたらよかったのに」

 

「いや、薫が友達と楽しそうに話していたからな、どうしようか悩んでた」

 

「別に気にしなくていいのに。LINEだってあるから家でも話そうと思えば話せるし」

 

「わかった、今度からそうするよ」

 

 薫は嬉しそうに微笑み、大胆にも腕を組んできた。

 

 まだ俺たちがいるのは薫の教室前。そこでそんなことをしたらなにが起きるかなんて容易に想像できて、

 

「「わぁぁぁっ!」」

 

 教室とついでに廊下にいた生徒が、驚いたように声を上げた。それも当然だろう、なにも知らない人から見れば、天使の如き薫が見ず知らずの先輩に抱きついたのだ、驚かずにはいられない。

 

 俺はため息を吐き「早く帰るぞ」と薫に伝える。

 

 薫は満面の笑みで頷いた。

 

 

「お、おい、マジかよ。東原あずまはらさんが彼氏持ちだったなんて……」

 

「しかも二年生でイケメンだぜ? だから今まで告白を断ってたのか」

 

 

 なんて会話が耳に届くが、まったくの誤解である。

 

 というか、告白されてたんだな。言ってこないから全然知らなかった。

 

 考えれば当然のことだ。薫はギリシャ神話の女神すら見劣りする絶世の美少女、そこら辺の男子共が放っておくはずがない。

 

「……そうか、薫も告白される年頃になったんだな」

 

 そう呟くと、薫が不思議そうに首を傾げた。

 

「小学校の頃から告白されてるよ?」

 

「……マジで?」

 

 確認すると、薫はを「うん」と当然のことのように頷いた。

 

 そうか、俺が知らなかっただけなのか。

 

 自分が情けない、そう己を戒めていると、ふとポケットに入れておいたスマホが振動した。

 

 確認すると、差出人は鳴美で『怪我をしたから保健室まで来てほしい』という内容が綴ってあった。

 

 俺はため息を一つ溢し、薫にスマホの画面を見せる。

 

「というわけで、ちょっと行ってくるわ」

 

「うん、先に帰っておくね~」

 

「いってらっしゃーい」と薫は笑顔で手を振り、俺は手を振り返して保健室に走った。

 

 

     ◇   ◇   ◇

 

 

「鳴美」

 

 名前を呼びながら保健室の扉を開けると、椅子に座っていた鳴美は驚いたように目を見開いた。

 

「けーくん? どうしてここに?」

 

「いや、お前がLINE送ってきたから急いで来たんだろ」

 

 そう答えると、鳴美は「送ってないよ?」と首を傾げた。

 

 仕方ないので、俺は先程送信されたメッセージを鳴美に見せる。

 

「あぁ、それは多分私の友達が……」

 

 気まずそうに目を逸らした鳴美は、「余計なことをして……」と呟いた。

 

「まぁいい。仕方ないから家まで送ってやるよ」

 

「えっ!? 別にいいよぉ、ちょっと足を捻っただけだから……」

 

「いいから、強がるならお前のお母さんにこのこと伝えるぞ?」

 

「……お、お願いします」

 

「わかった」

 

 ということで、俺は鳴美を家まで送ることとなった。

 

 まぁ家は正面同士だから面倒ではないが。

 

 頭を掻いてため息を吐く。

 

「あっそうだけーくん」

 

「ん? なんだ?」

 

 突然名前を呼ばれ、鳴美の方を向く。

 

 鳴美はちょっと照れたように頬を染め、

 

「いつもありがとね! そんな優しいけーくんが大好きだよ♪」

 

 そうはにかんだ。

 

 

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