第7話 一之瀬氷雨

 かおるとの気まずい通学路を経て登校すると、俺は一言二言薫に伝え教室に向かった。

 

 

「あっ、東原あずまはら先輩」

 

 

 生徒とすれ違いなが廊下を進んでいくと、突如背後から名を呼ばれる。

 

 振り向くと、天然モノの銀髪をサイドテールにしている小学生と見間違えるくらい低身長の少女が碧色の瞳で俺を見つめていた。

 

「どうしたの、一之瀬いちのせさん」

 

 彼女は一之瀬氷雨ひさめ。薫と同じく一年生である。何故か入学してからずっと俺について回ることを除いては、普通の女子高生だ。

 

「いえ……姿が見えたので、挨拶だけでもと」

 

 色の白い肌や髪色そして口調が相まって、彼女はどことなく愛想のない少女という印象を受ける。

 

 事実俺が知る限りでは、友人と楽しく会話しているところなど見たことがない。

 

「そっか、おはよう」

 

「おっ、おはようございます」

 

 挨拶を掛けると、戸惑いながら一之瀬さんは頭を下げる。

 

 確かに愛想はないが、こうして挨拶するところなどはとても礼儀正しく、どこかの上から目線の先輩よりは好感が持てる。まぁ、然程大差ないが。

 

 

「あの、東原先輩」

 

「ん? なんだ?」

 

「いえ、その……」

 

 一之瀬さんは窓の外を見つめ、口を閉ざす。

 

 用件があるなら早く言ってほしいのだが。

 

 俺は昨日と似たイラつきがふつふつと沸いてくるのを感じる。

 

「やっ」

 

「や?」

 

「やっぱりなんでもないですっ」

 

 イメージとは似つかわしくない叫びを上げ、一之瀬さんは全速力でこの場を去っていった。

 

 結局、用件はなんだったのだろうか。

 

 そんな疑問を残し、俺は再び廊下を歩きだした。

 

 

     ◇   ◇   ◇

 

 

 昼休み。いつものように大和やまとと教室を出て食堂前の自販機を目指す。

 

 経路的には一年生と会うこともあるのだが……。

 

 

「東原先輩」

 

 

 そこで待ち伏せていたように、一之瀬さんが声を掛けてきた。

 

 こういうことは始めてではない。入学式以来、朝彼女に挨拶を掛けられると九割方昼休みや放課後にも声を掛けられるのだ。

 

 慣れはしたが、できれば慣れたくなかった。

 

 ついでに大和は俺の後方で小動物並みに縮こまり震えている。

 

 

「一之瀬さん、なにか用事か?」

 

「用事がなければ後輩は先輩の元に行ってはいけないのですか?」

 

 話を早く済ませようと思ったのだが、返ってきたのはそれらしい反論。

 

 確かに用件がなければ話し掛けてはいけないなんてルールはない。だがまぁ、用件がなければわざわざ先輩に話し掛けようなんて思わないと思うが。

 

「まぁいいです。用件はありますので」

 

「ならなぜ反論してきた……」

 

 俺が彼女に抱く不満の一つは、こういうやりとりだ。用件があるならそれを先に言えばいいのに、敢えて反抗的な行動をしているように思える。

 

 まったく、面倒な後輩を持ってしまった。

 

 

「で? 用件はなんだ? できれば早く済ませてほしい」

 

 俺は手に持った弁当をフラフラと揺らし、早く昼食が食べたいと主張する。

 

「放課後、旧校舎の屋上に来てください」

 

 旧校舎とは、名称通り以前使われていた校舎だ。今も文化系の部活に使われている。

 

 そんなとこへわざわざ? と疑問に思ったが、別に気にすることではないかと一人納得して頷く。

 

「わかった。それじゃあな」

 

「はい、放課後」

 

 俺は大和の襟を掴み、そくささと階段を駆け上がった。

 

 はぁ、また面倒なことになりそうだな。

 

 そう予感した俺は、スマホを取り出し薫にメッセージを送るのであった。

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