第4話 風羽鳴美と帰り道

 九条院くじょういん先輩の手伝いを終えた頃には空が真っ赤に染まっており、窓から外を見渡すと部活に励んでいた生徒やなにかしらの用事で残っていた生徒が次々と下校していた。

 

 俺も早く帰るか。

 

 視線を外から自分が今いる廊下に移し、特に焦ることもなくのんびりと歩く。

 

 

 下駄箱までの道中で問題はなく、靴を履き替え後は愛する妹の待つ家に帰るだけとなったのだが……不幸と呼ぶべきか、校門前に佇んでいる鳴美なるみの姿が目に映った。

 

 偶然そこにいる、というわけではないだろう。多分、俺がまだ残っていることを知り一緒に帰ろうとあそこで待ち伏せしているのだ。

 

 くそっ、九条院先輩といいアイツといい、今日は災難続きだ。

 

 俺は悪態をつきながらもそこを通る以外には出口はなく、仕方なく真っ直ぐ校門を目指す。

 

 

「──あっ、けーくん!」

 

 俺の存在に気づいた鳴美は、俯せていた顔をこちらに向けウザいくらい元気な声で俺を呼ぶ。

 

 今ここには俺たち以外にも生徒がいるわけで、当然大声を上げる鳴美と呼ばれている俺に視線が集まる。

 

 さすがにここで注目されるのは嫌なので、俺は小走りで鳴美の元に行き腕を掴んでそこから少し走った。

 


「け、けーくん、どうしたの?」

 

 急に走ったから顔が赤い鳴美が、戸惑ったように尋ねてくる。

 

「あんなとこで大声出したら注目されるだろ。それが嫌だから走った」

 

「そ、そっか」

 

「あぁ」

 

 若干周りに生徒がいる道を並んで歩きながら、細々とした会話を続ける。

 

「今日はどうして残ってたの?」

 

「もしかして私のこと待ってた?」と目を輝かせる鳴美に、俺は「違う」とハッキリ否定する。

 

 鳴美は肩を落としながらも、「ならどうして?」と続けて尋ねてきた。

 

「九条院先輩に雑用を手伝わされていた」

 

「九条院先輩って、あの九条院先輩?」

 

「うちの高校に九条院なんて名字の人物は一人しかいないだろ」

 

「そっか……」

 

 質問に答えたのに、なぜか鳴美は表情を曇らせやや俯く。

 

 

「九条院先輩って一言で言うなら美女だよね」

 

「ん? さぁ、それは知らん。そんなのは人それぞれの価値観で異なるからな」

 

「じゃあけーくんはどう思ってるの?」

 

「俺?」

 

 聞き返すと鳴美はコクリと頷く。

 

「お前と一緒だ」

 

「私と一緒?」

 

「あぁ、お前と一緒でめっちゃウザい」

 

 ──ドスッ。

 

「ぐふっ」

 

 正直に意見を口にすると、返ってきたのはまさかの肘打ち。それを横腹に喰らった俺は情けなくその場にしゃがみ込む。

 

 い、いてぇ……。

 

「お、おい、なにすんだよ……」

 

「ふんっ、けーくんが失礼なことを言ったからだよ」

 

「失礼なことってなんだよ。俺は事実しかいって──」

 

 とそこで俺は口を閉ざす。これ以上言おうモノなら、次は蹴りが飛んできそうだったから。

 

 

     ◇   ◇   ◇

 

 

 ようやく痛みが引いて俺は立ち上がり、再びのろのろと道を歩いていく。

 

 隣を歩く鳴美は、申し訳なさそうに苦笑していた。

 

「けーくんごめんね? 酷い言い草だったとはいえ、肘打ちしちゃって……」

 

 と先程から何度も謝ってくるところはこいつの良い点なのだが、それにしても回数が多い。もう十回はこうして謝られている。

 

「しつこい。気にしないと言っただろ」

 

「う、うん、そうだよね」

 

 …………。

 

 

「けーくん」

 

「なんだ?」

 

 ようやく静かになったと思いきや、鳴美が再び話し掛けてきた。

 

「けーくんは九条院先輩のことが好きなの?」

 

 そんな理解不明な質問に、俺は思わず「はぁ?」と頓狂とんきょうな声を上げる。

 

「どうしてそんな質問をしてきたんだ?」


「んー、どうしてかな?」

 

 質問をし返すと、返ってきたのはどこか含みのある笑み。

 

 俺は首を傾げるも、これ以上追及してもはぐらかされるだけと悟り質問に答える。

 

「好きじゃない。むしろ嫌いに近いな」

 

「へ、へぇ、そうなんだ」

 

 今度は安堵したように呟く鳴美。本当にワケがわからない。

 

「じゃあさ、好きな人はいるの?」

 

「好きな人? 勿論かおるだ」

 

「あーはいはい、けーくんのシスコンはもう十分理解してますよー」

 

 予定調和のようなやり取りに鳴美が笑みを浮かべる。

 

「そんな調子でこの先大丈夫なの?」

 

「質問の意図が読めん。ただお前に将来を心配されるのは癪だな」

 

「酷い!?」

 

 そう叫ぶ鳴美に、俺は「二割冗談だ」と告げる。

 

「……それって八割本心じゃん!」

 

「そこに気付くとは、いつの間に賢くなったんだ?」

 

「もしかしなくても私をバカにしてるね!?」

 

 バカにしてるんじゃない、バカだと思ってるんだ。

 

 とそんなことを言えば今度は肘打ち一発では済まないと思いその言葉を呑み込む。

 

「それに将来が心配なのはお前の方だ」

 

「え? わっ、私?」

 

「あぁ、お前バカだし俺よりも将来が危ういんじゃないのか?」

 

「騙されるなよ?」と忠告すると、鳴美は顔を真っ赤に染め、

 

「ばかぁっ!」

 

 ──ドスッ。

 

 叫びと共に拳が俺と腹部を襲い、俺は再びコンクリートに膝を突くのであった。

 

 腹と膝が痛い……。

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