第3話 九条院月姫

 若干の夕日に染められた図書室は風情があり、とてもロマンチックだ。

 

 そんな図書室には、放課後の余った時間を読書に費やす生徒や、ここならではの空気に当てられ真面目に勉強をしている生徒がちらほらといる。

 

 今視界に映る光景は、青春の一ページとして記録していてもなんら不思議はないだろう。

 

 そんな情緒ある光景に感銘を受けながら、俺は扉の隣にあるカウンターに目を向ける。

 

 そこでは普段本の貸し借り、返却などが行われるが、今そこには一人の女子生徒が優雅に座り読書に耽っていた。

 

 やや黒みがかった長い金髪に、ブルームーンを想わせる青い瞳。整った容姿に凛とした姿から、ただならぬ気品を感じさせる女子生徒。

 

 そんな女子生徒は、俺の視線を感じたのか本に落としていた瞳をこちらに向ける。

 

 

「あら、やっと来たのね。遅いじゃない」

 

「急な呼び出しでしたからね」

 

「そんなかしこまった口調じゃなくていいのよ? なんだかムズかゆくなるじゃない」

 

「一応、一応先輩ですからね、敬語は使いますよ」


 彼女の襟元につけられているリボンは緑色、正真正銘の三年生だ。

 

「そう……って、どうして〝一応〟を二回も言ったのかしら? わたし、悪意を感じるのだけれど」

 

「そんなことないですよ、九条院くじょういん先輩」

 

 そう心にもないフォローを入れると、彼女──九条院月姫つきひめは「むー」と唸り声を上げた。

 

「何度言えばわかってもらえるのかしら。わたしのことは九条院ではなく月姫と呼びなさい」

 

「嫌ですよ」

 

「どうして!?」

 

 俺の返答が意外だったのか、九条院先輩は驚愕の声を上げた。

 

 先に述べた通りここは図書室。大声厳禁なこの場所で大きな声を上げたため、図書室内にいた生徒は全員九条院先輩に目を向けている。

 

 それに気付いた九条院先輩は「なんでもないですわ、オホホ」と固い笑みを浮かべた。

 

「……その、理由を訊いてもいいかしら? どうしてわたしの名前を呼びたがらないの?」

 

「これが俗に言うツンデレというものかしら」と首を傾げる先輩に、俺は思わずチョップを落としそうになった。

 

「嫌いだからですよ」

 

「はぅっ!?」

 

 九条院先輩は再び驚愕し、今度は席を立って頓狂頓狂な声を上げた。


 再び集まる生徒の視線。


 先輩は同じように「なっ、なんでもないですわ」と笑みを浮かべながらゆっくりと座った。笑顔がぎこちなくてちょっと引く。

 

「その……けい君、それは冗談かなにかかしら?」

 

「俺の心からの本音ですよ」

 

「ぐぅ……っ!」

 

 今度は立ち上がることも、声を上げることもなかったが、九条院先輩は悔しそうに手を握り締めプルプルと震えている。

 

「さ、参考までに、わたしのどこが嫌いなのか教えてもらえないかしら……?」

 

「その上から目線なところですね。純粋にウザいです」

 

 そう告げ──俺は初めて〝ガーン!〟という効果音を見た気がした。

 

 見た、気がしただけ。そんな気がしただけだ。

 

「そ、そんなぁ……」

 

 明らかさまに落ち込む九条院先輩。そんな姿を見て俺は申し訳ない気持ちに──はならない。だって嫌いだから。

 

 俺はため息を一つ溢し、先輩に尋ねる。

 

 

「俺を呼び出した理由はなんですか?」

 

「……」

 

 だが、先輩は俯いたままなにも答えない。

 

 あぁもう、こういうところが嫌なんだよ。

 

 俺は頭を掻きながら再びため息を吐く。九条院先輩はビクッと震えた。

 

「用件がないなら帰りますよ」

 

「あっ……待って!」

 

 扉を向くと、九条院先輩は席を立ち声を上げながら引き止めようとこちらに手を伸ばす。

 

 そのことにまたもや生徒の視線が集まるが、先輩は気にする素振りを見せずやや潤んだ瞳を俺へと向けてくる。

 

「なんですか」

 

「えっと、その……」

 

 九条院先輩は辺りに視線を移し、口を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返す。

 

 あぁもう、焦れったい。いつもみたいに上から目線でハッキリ言えばいいのに。

 

 

「け、慧君に……」

 

「俺に?」

 

「…………から」

 

「聞こえません。もっと大きい声で言ってください」

 

「だから……っ」

 

 九条院先輩は凛々しい顔を真っ赤に染めながら、震えた声で叫ぶ。

 

 

「慧君に会いたかったのよ……っ!」

 

 

 まるで恋する乙女のようなセリフに、俺だけでなく図書室にいた生徒も固まり、廊下からは先輩の声が聞こえたのか数人の生徒が扉の陰から顔を覗かせていた。

 

 さすがにこれは驚く。なんせ相手は図書室の籠り姫とすら呼ばれ、その美貌から多くの生徒を魅了している九条院先輩なのだ。そんな彼女が一生徒に過ぎない俺に「会いたかった」など、ラノベでは定番の流れだ。

 

 まぁ、俺は一ミリも心撃たれてないが。

 

 ラノベはラノベ、リアルはリアル。ラノベで定番かつ萌えるシチュでも、リアルで萌えるとは限らない。こと俺に限っては、絶対にありえないと断言できる。

 

 だがまぁ、心の底から嫌っているわけではないし、一応先輩としては尊敬しているので多少は嬉しいと思わなくも……ない。

 


「そうですか。じゃあもう用件は済みましたね」

 

「うぅ……っ、そうね、もうあなたには会えたのだから、わたしの用件は済んだわ」

 

 若干目尻に涙を溜めながら、先輩は震えた声で普段通り強気かつ上から目線な言葉を並べる。

 

「それじゃあ俺は帰るんで」

 

「……」

 

 そう告げるが、先輩はただ無言で俺を見つめる。

 

 まぁもう用件は済んでるんだし帰ってもいいだろ。……他の生徒の視線が痛いが。

 

 俺は突き刺さる複数の視線を無視しながら扉へ向かう。

 

 丁度そのタイミングで、一人の教師が図書室に入ってきた。


 たしか古文担当の先生だったと思う。司書も兼任してるって聞いたことあるし。


「九条院さん、書庫の整理を頼めないなしら」

 

 先生がそうお願いすると、九条院先輩は「わかりました」と頷く。

 

 それから先生と先輩はなにやら話し、それが済むと先生は来たときと同じようにそくささと図書室を出ていった。

 

「慧君」

 

「なんですか?」

 

「手伝ってくれないかしら?」

 

 いつも通りの調子で尋ねてくる先輩に、俺はため息を一つ吐き、


「わかりましたよ」

 

 了承の意を述べた。

 

 すると先輩は「感謝するわ」と嬉々とした様子で微笑んだ。

 

 不覚にも心が揺れ動いた俺は、早く終わらせようと誓い先輩についていくのであった。

 

 一応述べておくが、書庫では特になにも起きなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る