第2話 何気ない日常

 朝食を済ませた俺たちは、雑談を交えながら登校した。

 

 学年が違うかおるとは下駄箱のところで別れ、やけに騒がしい鳴美なるみと共に教室へ向かう。

 

 

「おはよう、けい殿。今日は幼馴染みとご一緒で?」

 

「あぁ、そうだよ。全く持って鬱陶うっとうしい」

 

「けーくん酷いよ!?」

 

 教室に入ると真っ先に挨拶してきたのは、俺のオタ友の柳生やぎゅう大和やまと

 

 日本色が強くかっこい姓名の持ち主なのだが、見た目はただのデブというミスマッチ。だがそれゆえに親しみやすく、面白い。

 

 モッサリとした黒髪に黒瞳と顔のパーツも典型的な日本人で、伊達眼鏡を掛けている。


 本人曰く、『封印されし邪神の眼を封印するためのアイテムという設定』らしい。自分で設定って言っちゃう当たり新時代の中二病だ。

 

「慧殿、実はそれがし昨日の放課後にメイトに行ってきたでござる」


「ほぉ、そうか。なにか買ったのか?」

 

「うむ。なんと──『青マジ』のタペストリーを買ったでござるよ!」

 

 グッと握り締めた右手を掲げ高らかに叫ぶ大和。クラスメイトはいつものことかとさらりと流していた。

 

「誰のタペストリーを買ったんだ?」

 

「そりゃ無論、推しの比嘉ちゃんに決まっておろう」

 

「そうか」

 

「素っ気ない反応ですなぁ」

 

「まぁ俺は梅藤先輩推しだからな」

 

「なるほど」

 

「二人がなに話してるのか全くわからないや」

 

 大和と語り合っていると、またもや茶々を入れてくる鳴美。

 

 俺はため息を吐きながら「勉強でもしてろ」と告げる。

 

「やだよぉ、めんどくさいんだもん」

 

「なら今日も授業で苦しめ」

 

「けーくん酷いぃっ!」

 

 そう泣きながらも、俺が暗に言っていることに気付いたのか鳴美はトボトボと自分の席に歩いていった。

 

「慧殿はいつもあの幼馴染みに冷たいですのぉ。そんなにお嫌いですかな?」


「別に嫌ってはないさ。鬱陶しいだけだ」

 

「それは嫌ってるも同然なのでは?」

 

 俺の答えに首を傾げ尋ねてくる大和に「さぁな」とだけ返し、俺はバッグの中から袋を取り出す。

 

「ほれ、この前借りてたやつだ」

 

「ふむ、今回は早い返却でしたの。つまらなかったでござるか?」

 

「んや、面白すぎて徹夜続けた」

 

「ブフォッ」

 

 語尾に『w』を量産する大和。そんなに面白いことを言ったつもりはないのだが。

 

 とそこで朝礼前のチャイムがスピーカーから教室に響き、席を立っていた生徒たちは各々の席に戻っていく。

 

「ふむ、感想はまた後で聞くでござる」

 

「おう」

 

 そんな会話を交わして、俺は自分の席へと向かった。


 

     ◇   ◇   ◇

 

 

 時間流れて昼休み。

 

 俺はバッグから弁当を取り出し教室を出る。

 

「某を置いていくとは、慧殿は鬼畜属性でも持ち合わせておるのかの?」

 

 間を空けず教室から出てきたのは大和。片手にコンビニ袋を下げ俺を指差している。

 

「別に一緒に行かなくてもいいだろ。俺は自販機で飲み物買ってくるんだし、お前は先に屋上行ってろよ」

 

「そんなこと言わずにぃー、我を連れてっておくれよ慧殿ぉー」 

 

 猫撫で声とは、美少女がやるから破壊力があるのだと改めて理解した。男がやってもキモいだけだ。

 

 俺は頭を掻き「わかったよ」と返す。

 

「それでいいのだ」

 

「なんで上から目線なんだよ……」

 

 俺はため息を溢しながら、地味色の階段を降りていった。

 

 

「あっ、お兄ちゃんー!」

 

 一階購買前の自販機でお茶を買うと、そこへ偶然薫が弁当を掲げながらやって来た。

 

 その後ろには三人の女子生徒がおり、リボンの色から薫と同じ一年だとわかる。

 

 ついでに、三年が緑、二年が紺、一年が赤色だ。

 

「薫は学食で食べるのか?」

 

「うん♪ 友達と一緒に食べるんだ~」

 

 そう言って薫は後ろの三人を向く。

 

 ふむ、予想はしていたがあれが薫の友人か。

 

「……」

 

 俺は無言で三人を見て、薫に相応しいか否かを判断する。

 

 よし、一見誰も悪い生徒ではなさそうだな。

 

 満足した俺は頷いて「友達と仲良くやれよ」と薫の頭を撫でてやる。

 

「んふ~♪ うん、当たり前だよ」

 

「そうか、じゃあ俺は行くわ」

 

「うん」

 

 そんなやり取りを終え階段の方へ歩いていくと、大和が階段前の壁に張りつき小刻みに振るえていた。

 

「……なにやってんだお前」

 

「いっ、いや、なんでもないでござる」

 

 声をかけると大和はいつも通りの口調でそう答える。

 

 心なしかとても動揺しているのは気のせいだろうか。

 

 まぁ、別にいっか。

 

 俺はどうでもいいと切り捨て、大和と共に屋上へ向かった。

 

 

「おっそぉいっ!」

 

 屋上へ着くや否や、俺たち二人にかけられたのは艦○れの島○のセリフ。

 

「完全に○風ですな」

 

「そうか? 全然似てないと思うが」

 

 そんな意見を交わしながら、俺たちは慣れた動きで段差に腰かける。

 

「で、なんでお前いるんだよ」

 

 弁当の包みをほどきながら、俺は目の前に仁王立ちしている鳴美に尋ねる。

 

「いやぁ、けーくんと一緒にお昼ご飯食べようと思ったんだけどけーくんたちもういなくて、友達に訊いたら普段から屋上で食べてるって教えてくれて」

 

「それで来たと」

 

「うん♪」

 

「帰れ」

 

「ガーン!?」

 

 傷ついたように目を見開き、わなわなとしだす鳴美。

 

 というか、「がーん」って口に出すやつ初めて見たわ。

 

「慧殿、幼馴染み殿と過去にどんな因縁があったか存ぜぬが、さすがに冷たすぎるのでは?」

 

「そうか? 別に普通だぞ」

 

 俺は薫の作ってくれたおかずを咀嚼そしゃくしながらそう答える。

 

 そう、これくらい普通のことだ。むしろラノベのようにベタベタ仲の良い幼馴染みがイレギュラーなのだ。

 

「うぅ……っ、けーくんー」

 

 潤んだ瞳を向けてくる鳴美。その姿はまるで捨てられた子犬のよう。

 

「……はぁ、早く食わねぇと帰りも置いてくぞ?」

 

「けーくん……っ」

 

 俺はそう言うと、鳴美は目を輝かせて祈るように手を合わせる。

 

 だから早く食えと。

 

「ってなに笑ってんだよ大和」

 

「くふっ、いやなに、慧殿はツンデレ属性持ちでしたか。デュフフ」

 

「キモいからその笑い方止めろ。あと俺はツンデレじゃねぇ」

 

「またまたー、ツンツンしなくてもいいのですぞぉ?」

 

 ニヤニヤしながら大和は肘で脇腹を小突いてくる。

 

 う、うぜぇ……。

 

「それは挑発ってことでいいんだな?」

 

「べっつにぃ? 挑発なんて我しないでござるよぉ?」

 

 嘘つけ。お前よく対戦してるときとか調子乗って挑発してくるだろ。

 

 という突っ込みは呑み込み。

 

「よし、歯ァ食いしばれ」

 

「ちょっ、慧殿!? 暴力はなしでござるよ!? 暴力反対!」

 

 降伏と言わんばかりに大和は両手を挙げ首を横に振る。

 

 そんなふざけた行動に、俺はため息を一つ。

 

 最初から暴力なんてする気はないし、それは大和もわかっているだろう。だからこんなふざけた行動を取るのだ。

 

 相手を挑発することに長けてるな、こいつ。

 

 そんなことを思っていると、ふと背後から抱きつかれた。

 

 背中に伝わってくる感触に一瞬気を取られたが、俺は振り向くことなく背後のそいつを押し剥がす。

 

「なにしやがる、鳴美」

 

「だってぇ、けーくんが構ってくれないからぁっ」

 

 なるほど、こんなやつでも猫撫で声は若干の魅力があるのか。

 

 そんなことを考えながら、俺は「知らん」と鳴美に告げる。

 

「そんなに構ってほしいなら友達のところでも行ってろ」

 

「えー? 私はけーくんに構ってほしいんだよぅ!」

 

「知るか」

 

「慧殿、ツンデレは過ぎると嫌われるでござるよ?」

 

 ポンと肩に手を置いてくる大和に、俺は空かさず鎧の如き腹肉に裏拳を入れる。

 

「ぐふっ」

 

「あぁもう、お前らウザいわ。個々でもウザいのに合わさったらその倍以上ウザい」

 

「酷い!」「酷いでござる!」

 

 声を揃えて抗議してくる二人に、俺は「そういうところがウザいんだよ」と続けて告げる。

 

「まったく、全然食えねぇじゃねぇか──」

 

 キーンコーンカーンコーン♪

 

 二人に悪態をついたところで、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。

 

 

 結局、薫が作ってくれた弁当は味わうことなく俺の胃へと送られるのであった。

 

 くそっ、こいつら揃うとろくなことにならねぇ。

 

 

     ◇   ◇   ◇

 

 

 放課後。大和と雑談を交わしているとスマホが震動しメッセージが届いたことを伝えてきた。

 

 確認すると、差出人はやや関わりのある、上から目線の気に食わない先輩であった。


 

「およ? もしや誰か嫌な相手から呼び出しですかな?」

 

「察しがいいな」

 

「メッセージを読んだ途端、慧殿が極端に嫌そうな顔をしたので」

 

 なるほど、感情が知らぬ間に表に出ていたか。反省反省。

 

「じゃ、行ってくるわ」

 

「なら我は帰るとするかの」

 

「おう、じゃあまた明日な」

 

「うむ」

 

 そんな言葉を交わし、俺は教室を後にした。

 

 向かう先は図書室。あぁ、足が重い……。

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