第1話 俺と妹ついでに幼馴染みの朝

 平日の早朝。俺──東原あずまはらけいは一階から響く喧騒に目を覚ます。

 

 またアイツが来てるのか……。

 

 俺はため息と共に体を起こし、本来は禁止されているドアの鍵を閉める。

 

「よし、これでひとまず大丈夫だろう」

 

 うんうんと頷き、俺は落ち着いて着替えを始める。

 

 寝間着を脱いだところで階段を駆け上がる音が聞こえてきた。

 

 

 ──ドンドンドン!

 

 そしてまもなく、俺の部屋のドアが乱暴に叩かれた。

 

 壊れるんじゃないかと心配するくらい強く叩かれたドアは、しっかりと役目を果たしてくれている。

 

「おはよう! 良い朝だね!」

 

「あぁ、そうだな」

 

 ドア越しに掛けられるウザいくらい元気な声に、起きて早々気が沈む。

 

「ところでけーくん! 扉が開かないよ!」

 

「当たり前だ、鍵を掛けてるからな」

 

「どうして!?」

 

 驚きを隠せていない声音に、俺は呆れてため息が出る。

 

「お前が侵入できないように、だ」


「侵入だなんね失礼だね。私はただ起こしに来てるだけだよ!」

 

「迷惑だ。こうも頻繁に来やがって、俺の安らかな朝を返せ」

 

「えぇっ!? そう言われても私なにもできないよ?」

 

 ドア越しなので姿は見えないが、きっとヤツは首を傾げているのだろう。

 

 もう二度と来るな、そう言えばいいのかもしれないが、その程度でヤツが諦めるとは到底思えない。

 

 それにもう着替え終わったし、わざわざ言うのも面倒だ。

 

 俺はスクールバッグを肩に掛け、鍵を解除する。

 

 

「おはよう! けーくん!」

 

 

 ドアを開けるとそこには、もう十六年と顔を合わせてきた、見飽きたと言ってもいい幼馴染みが立っていた。

 

 彼女の名前は風羽かざば鳴美なるみ。先に述べた通り俺の幼馴染みで、言動からわかる通り活発な性格だ。短い茶髪をワンサイドアップにしており、黄色い瞳と合わせてとても明るい。

 

 容姿が良いほうなので、学校や近所ではちょっとした有名人である。そんな彼女と家が近く、また幼馴染みということもあって俺は常日頃から男子共に羨望と嫉妬の視線を送られてきた。

 

 コイツがいなければ、どれだけ平穏な日常を送れたことか。今となっては嘆くだけ無駄だが。

 

 

「それじゃあ早くリビングに行こう!」

 

「あぁ、そうだな」

 

 俺はため息混じりに頷き、鳴美の後ろをトボトボと歩くのであった。

 

 

     ◇   ◇   ◇

 

 

「おはよう、お兄ちゃん、鳴美ちゃん」

 

 リビングに向かうと、そこにはすでに我が愛しの妹──東原かおるが優雅に朝食を摂っていた。

 

 伝統工芸の阿波藍染を思わせるつややかな髪が窓から射し込む朝日に照らされ上品に輝いており、俺を見つめる瞳はアメジストの如く──いや、アメジストよりも煌めいている。

 

 やや幼さの残る容姿、身長は百五十四センチと最近の若者ではやや低め。そんな子供らしい見た目に、庇護欲が駆り立てられる。

 

 優れた容姿に優しく凛々しい性格。天は二物を与えずとは言うが、薫は二つどころか三つ四つ、それ以上のモノを与えられているだろう。

 

 まぁその、胸は与えてもらえなかったようだが……。

 

 

「お兄ちゃん、今なにか失礼なこと考えてなかった?」

 

「うおっ!? い、いや、なにも考えてないぞ? うん」

 

 いつの間にか目の前まで近付いていた薫は、光の消えた瞳で俺を見上げ尋ねてきた。

 

 驚いた俺は、頓狂とんきょうな声を漏らしながら手と首を横に振る。

 

「あははー! けーくん挙動不審であやしー!」

 

「うるさいぞ鳴美、少しは薫を見倣って静かにしろ。あともう来んな」

 

「けーく酷いっ!」

 

 茶々を入れてくる鳴美に釘を刺し、俺は改めて薫に「なんでもないから」と告げ頭を撫でる。

 

「んふふ~♪ それならいいですけど~♪」

 

 上機嫌になった薫は、感情を爆発させ俺に抱きついてきた。

 

 嗚呼……神よ、あなたはどれだけの幸福を俺にくださるというのか……。

 

「もー二人ともっ、早く朝ご飯食べないと遅刻するよー!」

 

「チッ……仕方ない。薫、早く食べて一緒に学校行こうか」

 

「うん♪」

 

「けーくん!? 私は!? ねぇ私は!?」

 

「あー、まぁついて来たいなら勝手にしろ」

 

「けーくん私にだけ冷たいっ!」

 

 唇を尖らせる鳴美を無視して、俺は薫の隣に座り、薫が作ってくれた朝食を心から感謝しながらいただくのであった。

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