第4話

「そうよ。すっかり忘れたわよっ! 先月やったグループ・ワークとか、そんなのっ!! かけがえの無いこの今と言う時間を一生懸命に生きている私には、1ヶ月前の事とか、物凄く大昔おおむかしの事だしぃっ!」

 お前は歯を剥き出しにして、何をもっともらしい事を叫んでいるんだっ。

 つーか、大昔おおむかしって何だ?

 1ヶ月前は大昔か?

「おい、まだ頭脳ずのう若々わかわかしい高校生が、たった1ヶ月くらい前の事を忘れるな! 全く、お前は今、一体、何歳の積もりだ? 今しがた食べたばかりのご飯の事とかを忘れるには、まだ半世紀ばかり早いだろ? て言うか、今日、先生から課題のテーマが出るって、事前に聞いてたんじゃ無いのか」

「うん、それは知ってるけど……」

「だったら、あらかじめ前回の研究活動の事を思い出して、今回のテーマの段取りについて話し合う準備をして置くんだっ。そうで無いと、話が進ま無いだろうが。……全く、そんな予定があるってのに、今までの時間、お前は部室で何をしてたんだ?」

 て言うか、そもそも、先月の事も忘れているとか、一体お前の頭はどうなっているんだ?

 俺の方としては、むしろ、そっちの方が聞きたいくらいだ。

 奈々美はばつが悪そうに口をすぼめ、俺の質問に答える。

「何って、読書とか……」

 ああ、そんな事は分かっている。

 この部室に来た時にお前の口から聞いたし、たった今もこの自分の目で読書中の所を目撃していたからな。

 俺は奈々美の手の中にある『孤狼ころう』を一瞥いちべつする。

 広島の暴力団でもあさま山荘事件でも何でも良いが、兎に角、この奈々美の態度は、今回のグループ・ワークの行き先がどうこうと言う以前に、友人として改めさせねばなるまい。

「なあ、松原。そう言う読書も結構何だがな? それよりも先に、まずは、やるべき事をやってくれ無いか?」

「そんな事、私も分かってるわよ……。今思い出すから、ちょっと、待ってて」

 ようやく、奈々美は読み掛けの本を閉じる。

「それって、どれぐらい掛かりそうかなあ?」

 有栖川は部室の時計と並んだ机の中央にあるブック・ケースを見て、そう言った。

 俺も時計を見ると、現在時刻は、もうすぐ午後4時を回ろうと言う頃合だ。

 これは、松原が回想モードに入っている間、有栖川は自分もそこに納められている本を読もうと言う心積もりだろう。

 だが、そうはさせるものかっ。

 最終下校時刻にはまだ当分あるが、かと言って、グズグズする事が許される程の時間の余裕がある訳でも無い。

 ようやく奈々美の興味をグループ・ワークの話に向ける事に成功したのに、ここで有栖川まで読書モードになって、この課題が出た直後の放課後を時間を潰して仕舞ったら、大事な始めのスタート・アップに失敗して仕舞うおそれがある。


 そんな訳なので、俺はいつまでも緩慢な動作で、かばんから筆箱などを出している奈々美に、ひと声、発破はっぱを掛ける事にした。

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