第3話


「おい、松原。お前は何、さっきから知らん顔を決め込んでるんだ? お前も、これから始める、今度のグループ・ワークの課題の話に入るんだぞ?」

 すると、予想通りと言うべきか、読書を続けていた奈々美は、あからさまに不機嫌な反応を寄越してくる。

「何よ、成海っ? 他人ひとが真剣に本を読んでるのに、邪魔し無いでよ?」

「お前の方こそ、他人ひとの話を全然聞いて無いな? さっき俺が高梨に言ったように、今度のグループ・ワークの研究テーマに付いて、これからここで話をするんだっ。お前も俺と同じグループだろ? そんな風にいつまでも自分勝手な事をして無いで、早く話に入れ!」

「ふん、分かってるわよっ、そんなのっ! 今、いとこ何だから、ちょっと待ってよ」

 そう言いつつも、奈々美は猫背の姿勢のまま、その持ち得る眼力の全てを、両手で持った本の中身へと注いでいる。

「駄目だっ。全然待て無いな。折角せっかく、この部室を本来の用途以外に使わせて貰うんだ。グループ・ワークの研究テーマに付いてとか、そう言う部室でやるべきでは無い身内の話し合いは、とっとと始めて、さっさと済ませるべきだろ」

「うん……そうね」

 奈々美は、そんな生返事なまへんじをしながら、そのカラッポそうな頭を動かしてうなずく。

 相変わらず彼女のその真剣な視線は、俺と彼女の間をへだてる様に立てられている、開かれた小さな文庫本の中である。

「おい、聞いてるのか? 今は本何て、読んでる場合じゃ無いだろう」

 奈々美は文庫本のページをめくりつつ、ようやくこう答える。

「……そうね、成海の言う通りかも。そう言えば、今日、研究課題のテーマが出るって言ってたものね」

 遅蒔おそまきながら、ようやく奈々美は姿勢を正し、先程、俺が段取りを付けたグループ・ワークの話に加わる気配を見せ始める。

「……じゃあ、すみれ。ちょっと、それに付いて私に教えてよ」

 どうでも良いが、奈々美が多用するそのちょっとって言葉には、色んな意味があって便利だな?

 有栖川はそんな奈々美の姿に苦笑を浮かべつつ、机に置いた鞄から自分のノートを出すと、それを発表した。

「うん。それじゃあ、私が社会科の先生からたまわって来た、グループ・ワークの研究テーマを言おうかなあ。テーマは、クリスマスと縁遠いもの」

「は? クリスマスと縁遠いもの? 何それ?」

 ようやく本から目を離し、ポカンと言う表情をするこの奈々美の反応に、有栖川は溜息を吐いてこたえる。

「うーん、何て言うかなあ……? はぁ……」

 まあ、そんな反応が返って来ると、俺も思っていた。


 クリスマスと縁遠いもの──確かに、色々と説明に苦慮くりょする概念だ。

 ましてや、俺や有栖川の様に成績優秀者とは言い難い奈々美の頭では、先生から出されたその今回の研究課題の内容を理解させるのに、多少の時間と説明が必要かも知れない。

 だが、すぐにでも研究テーマに付いて会議を始めるべきなのにも関わらず、ダラダラと読書を続けていた奈々美のこれまでの態度が非常に気に食わ無かったので、俺は滔々とうとうとして、その抽象概念に付いてもっともらしく語った。

「お前は何を言ってるんだ。クリスマスと縁遠いものってのはな、それこそ、クリスマスとは縁遠いものの事だろ。その他に、一体何があると言うんだ?」

 すると、奈々美はようやくきちんと頭を上げ、丸まった背中を真っ直ぐにして姿勢を正した。

「はあ? だから、それって一体全体、何なのよ? 縁遠いものとか、何だか漠然ばくぜんとしてて、ぜんぜん、何言ってるのか分かん無いし! 全く、変な事を言って、他人をけむに巻か無いでよねっ。クリスマスなら分かるけど、『クリスマスと縁遠いもの』とか、私、さっぱり意味が分かん無いんだけどー。て言うか、縁遠いって、そもそも何……? 説明しなさいよ」

 そして、あのブツブツと言う奈々美の独り言が始まる。

「……そうかも知れ無いな。まあ、それに付いては、これから詳しく解説してやるから、松原、お前は早く筆記用具とかを出して、グループ・ワークの話に入る準備をしてくれ」

「え? 待ってよ。て言うか、特別授業の時間にやる研究課題のグループって、私も成海なるみと同じ班だっけ? すみれと同じだったのは覚えてるけど」

「は?」

 この奈々美の発言に、俺は唖然として仕舞う。

 有栖川に加えて、松原まつばら奈々美ななみよ、お前もか。

「あれ? 少し前の事だから、忘れちゃったかなあ?」

 と、有栖川は苦笑する。

 イメージとして、頭の上から大きめの疑問符を吹き出している奈々美に、俺は畳み掛ける。

「何だ、忘れっぽい奴だな? 先月にクラスでやったグループ・ワークの課題発表を、お前はもう忘れたのか?」

 すると、奈々美は開き直ったのか、途端に逆ギレを起こした。

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