第1章 『部室の3人は、前奏曲を奏でる』
第1話
そんなやりとりをしてから、俺と有栖川は、やっと校舎の片隅にある推理小説研究部の部室の前に辿り着く。
すると、案の定と言うべきか、部室と廊下を隔てるそのドアは、既に開いていた。
初夏とは言え、今日はずっと陽が照っていて暖かかったゆえによる換気の為なのか、内開き式のそのドアは、大胆にも大きく開きっ放しである。
そんな開放された部室の出入り口から中の様子を
だが、そのまま入室すると、そこから出ようとする人とぶつかり合うかも知れ無いので、俺は出入り口の正面には立たず、一応、斜めから顔を覗かせて、これから入室しようとする部室の中を確認してみた。
すると部室の中には、部屋の奥の方の席に部長である
高梨は、部室にいる時にはいつもそうしている様に、部室の真ん中にある縦横2つずつに並んだ4つの机に蓋をする様に置かれた、1番奥の5つ目の机と椅子にゆるりと腰掛け、そして、これまたいつもの様に、その手にした新聞を読んでいた。
高梨の座っている席は、この部室がどこかの会社のオフィスならば、さながら、その部屋をまとめる部・課長や係長の座るべき上席である。
彼がにこりともせず、広げた新聞にじっと目を通しているその姿は、
永瀬と奈々美の方は、そんな高梨の席の位置から、こちらの出入り口に向かって並んで続くヒラ社員の座るべき場所に、まるでそこ勤務しているOLの如く、机の列の片側に2人で並んで座っていた。
そんな風に、先に部室に来ていたこの3人の全員とも、各自、おのおのの手に本や新聞などを持ち、静かに読み物をしているのはが、容易に見て取れる。
この部室には、7割ほどが埋まっている壁の本棚の他、高梨の席を除いて2列×2列の向かい合わせで4つ並べられた机の真上には、ティッシュ箱を切り張りして作った手製のブック・ケースが置いてある。
そこには普段、高梨がどこからか調達して来た文庫本サイズの推理小説が、ケースの端から端までぎちぎちに押し込められているのだが──そこにぎっしりと納まっているはずの本の数を観察すると、ちょうど文庫本2冊分ほどのスペースが空いているので、どうやら、いま奈々美や長瀬の読んでいる本は、そこから引き抜いた物らしい。
「ちょっと、失礼するぞ」
部室に入る前に、俺は一声掛けてから、そこへ足を踏み入れる。
俺は1番手前にある机の上に自分の鞄を置いた。
そして、高梨と新聞越しに目が合ったので、声を掛ける。
「よう、高梨」
すると、夢中で読んでいたのか、ようやく高梨は持っていた新聞を下げ、こう返事をする。
「うん? 何だ……成海と、有栖川か」
「悪いな、邪魔しに来た」
「ああ、良く来てくれた」
俺は高梨のすぐ近くの奥の方の席に座っている、永瀬の方に声を掛ける。
「それと、今日は
「はい。どうも、こんにちは」
座ったままの永瀬は、柔和な笑顔でこちらに軽く会釈しながら、そう挨拶する。
すると、高梨が、俺と有栖川が部室に来る前の事柄を解説してくれた。
「先程、俺がここへ来ると、松原が1番先に来ていて、この部室のドアの錠を開けてくれていた。そして、永瀬はついさっき、来た所だ」
「そうか」
「ああ……。椅子はまだ空いているから、そろそろ、2人とも座ったらどうだ?」
と、高梨が言うので、俺は空いている席に座らせて貰う事にする。
「じゃあ、悪いが、座らせて貰うか」
「ああ。遠慮無く、自由にしてくれ」
「……そうだったんだなあ」
有栖川もそんな事を言い、部室の奥に歩を進ませ、最後に空いていた机の前に歩いて行った。
すると、その2人が会うのは久々なのか、有栖川は椅子を引き出すと、それを下に収めていた机を突き合わせている永瀬に向かって挨拶をする。
「永瀬さん、こんにちはっ。ここ、良いかなっ?」
永瀬は軽く頷くと、椅子から立ち、いつもの様に柔和な笑顔で挨拶をして来る。
「あ、はい。どうも、こんにちはっ。どうぞ」
「ありがとう」
有栖川は満面の笑みでそれに応えて礼を言い、永瀬の向かいにあるその机から椅子を引き出して座った。
有栖川の隣に座った俺は、少し遠い場所にいる高梨に話し掛ける。
「それにしても、みんなで読書をしていたんだな……?」
高梨はその落ち着いた口振りで、この推小研の本日の活動方針に付いて説明する。
「ああ。先程、今日やるべき部の活動に付いて少し話したのだが、特に話し合う様な事柄が出ず、今日はみんな、思い思いの時間を過ごす事で決まった」
「そうだったのか。道理で、全員とも何かを読んでいた訳だ」
ようやく椅子に座った俺は、そんな事を言い、自分の目の前の机に座っている、
さてと、奈々美が真っ先に部室に来ていたのは結構な事だが、俺と有栖川がやって来たと言うのに、この無言で本を読み続けているこの奈々美の様子は何だ?
こいつの様子だと、グループ・ワークの研究テーマに関する議論などと言う、読書に比べればいたくつまら無い行為に参加しそうに無い。
一体どうしたものか……。
仕方が無いので、俺はとりあえず、本を読み
「特に奈々美。お前、いつに無く読書熱心じゃ無いか。さっきから、ずっとそうしてたのか?」
実に姿勢の悪い猫背で椅子に座ったまま、先程からこちらをちらりともせずに読書をしていた奈々美が、そこでようやく声を発した。
「うん、そんな感じ」
奈々美は素っ気無くそう答えると、その悪過ぎる読書姿勢を変えず、一心不乱の難しい仏頂面で、手にしている文庫本のページをめくる。
彼女の指の隙間から見える背表紙の題名を読むと、それは
それは俺も既に読んでいて、確か、これは映画になるとかなら無いとか言う話を、高梨とどこかでした気がする。
──こいつめ、今日は何の為に部室に来させたと思ってるんだ?
これから俺と有栖川がお前を含めてしようとしている、グループ・ワークの課題テーマの話には、ちゃんと乗って来るんだろうな?
この奈々美に付いて、そんな不安が頭をもたげる。
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