第62話 生存権

 住宅敷地内の生垣のツツジが散り、アスファルトの上で茶色く酸化している。

 管理会社や自治会の美化活動も自粛ぎみで、歩道も車道も落ち葉だらけだ。

 ふだん清掃に従事してくださる方々に、あらためて感謝する皮肉な結果となった。


 五月四日。

 緊急事態宣言の延長が公布された。

 三密の最たるナイトクラブの休業要請が長びくのは、不本意ながら予測していた。

 だが、店長からは営業再開の連絡があった。

 縮小営業の特例につき、条件が法外に厳しい。

 キャバ嬢やホステスは委託された業務を遂行するのが本分なので、指名がなければ出勤を見あわせてくれ!と言われれば甘受するが、指名客を呼んだところで報酬が売上の一割程度とはなんたるおふざけか!?

 申請で得た各種補償金や協力金や奨励金の不足分を、嬢の売上から搾取するつもりなのか!?

 四月の緊急事態宣言下でも縮小営業していたのだし、休業日数が求められたGW中の協力金に関しては不正需給の疑いがある。

 闇営業と裏帳簿の臭いがプンプンだ。

 トラブルに備え、その旨を記した店長からのLINE文面を証拠として保存した。


 このコロナ禍に、だ。

 個人の地道な努力で築きあげた良客との信頼関係を壊してまで営業したところで、売上の九割を搾取されてしまっては二重の損害だ。

 都合よく使いすてられるだけのキャバ嬢に、店を手助けする義理は微塵もない。

 色管理(黒服((男性従業員。黒いスーツを着用している))が好きでもない嬢に疑似恋愛を仕かけ、勤怠をマインドコントロールして店の収益に貢献させること。イロカンとも)で色ボケした嬢でもない限り、個人事業主(扱い)の嬢は店と一心同体ではないのだ。

 残された道は──。

 個人的に自粛を続けるか、直引き(嬢が店を介さずに客と直接会うこと。金銭の授受や肉体関係をともなうのが常)に流れるかの、どちらかだろう。

 熟キャバ嬢は枕営業が多いので、後者が増えるのは時間の問題だろう。


 四月の出勤は緊急事態宣言が出される前の一日のみ。

 報酬は雀の涙だ。

 非課税であるにもかかわらず、搾取が重なり、手取り時給は深夜最低賃金どころか、地域が定める最低賃金にさえ満たなかった。 

 店長から、指名がなければ出勤できず、先月分の報酬も渡せないと連絡があった。

 だが、リスクを犯して働けば働くほど搾取される特例下にあるので、退店して報酬を受けとることにした。

 さて、これらの横暴は労働基準法に抵触しないのだろうか?

 次いで、文面を証拠として保存した。


 五月上旬。

 私の住まう自治体の特別定額給付金のオンライン申請が遅まきながら始まったので、さっそく、申請した。

 指定口座への振込には二週間以上を要するという。

 郵送は申請すら始まっていないので、これでも早いほうだ。

「人口が多いのだから手間取るのはしかたないだろう!」

と言われてしまえばそれまでだ。

 どの現場も当事者にしかわからない矛盾や苦悩を抱えているだろう。

 周囲の頭でっかちにはうんざりだ。

 局所的で差別的なヒステリーにもうんざりだ。

 少しばかり、想像力を働かしてみてはくれないか?と思う。


 生活苦だからといって犯罪に走るのは個人の資質でしかない。

 だが、他を痛めず、己に忍耐を強いる人のゆく末に自死があってはならない。

 一国民として、納税者として、使える制度は使わせていただく。


 四半世紀、水商売に携わってきた。

 業界の栄枯盛衰を間近に観てきた。

 経営者として、店をまわした時代もあった。

 そんななか、ごくわずかだが、ホステスや黒服の有志に出あった。

 また、彼らとWin‐Winな仕事がしたい。

 三方よしの仕事がしたい。

 しばらく休業するが、思案のしどころだ。




 

 


 

 


 

 

 


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