第61話 テレビ脳コロナ脳

 街路のハナミズキは愛でる間もなく散ってしまった。

 緊急事態宣言が出され、私は完全休業に入った。

 ナイトクラブへの休業要請は“強制”ではなく、従事者の善意と良心と忍耐によってのみ保持されている。

 雇用調整助成金は事業主から従業員に渡るだろう。

 関西のキャバクラが個人事業主であるはずの嬢全員に自力で休業補償を出したという報道があったが、どういった仕組みだろう?

 なんとも、羨ましい限りだ。


 私が在籍するグループは大手だが、休業協力金の給付は望めるとしても、安くはない地代などを考慮すると店を存続できる体力があるかどうかは疑わしい。

 街では閉店の貼り紙があちこちでそよいでいる。

 原状回復もままならない空き店子には大店が目立つ。

 車と同じで小まわりが利かなければ、あっという間に倒れてしまう。

 大店だから、大手だからといって、持久力があるわけではないことをまざまざと見せつけられた格好だ。


 よほど暇だったのだろう。

 水商売を上がって久しい知人からLINE電話があった。

 一方的に話しはじめるなり、国政選挙に足を運ばない人間が堂々と国政批判だ。

 だが、どれもこれもマスコミの二番煎じで彼女独自の見解などなく、表層的で退屈だった。

「コロナを終息させないと!飲食店を全部閉めないと!だからあなたは家にいなさい!」

と子どもに諭すようにくり返す。

 一日中テレビを見て過ごす彼女は、典型的なテレビ脳コロナ脳に着地していた。

 元来のヒステリー気質にも磨きがかかっている。

「でもね。なんの補償もなく『自粛しろ!』って言うのは『勝手に死ね!』って言われてるのと同じだよ。補償がなければ生きるために命がけで働くしかない。私は泣く泣く自粛したけど、働きつづけなきゃいけない人たちの気持ちも痛いほどわかる。現場には現場の人にしかわからない矛盾や苦しみがあるからね」

『のんきな部外者は黙ってろ!!!』

 私は言いかけて言葉を飲んだ。

 今日明日の食いぶちに困らない人には何を言っても無駄だ。


 コロナは終息させねばならない。

 言わずもがな、在宅は心得ている。

 命より大切なものなど、ありはしない。

 それでも、人には人の生活があり、それぞれの事情がある。

 その想像力を欠き、なんでもかんでも都合よく己の生活事情にあてはめて優先させようとするのは、稚拙で傲慢きわまりない。

 

「あなたのためを思って!」

と彼女は言う。

 だが、思いやりと押しうりは似て非なるものだ。

 私がそれを五人組や隣組のようにうっとうしく感じてしまったら、友情が入りこむ余地など、まったくない。


「サービス業がGDPの70%を占めるのを軽く見てはいけないと思うな」

 彼女が水商売を軽んじる発言をしたので、私は釘を刺した。

 血も汗も涙も覚える前に辞めてしまった腰かけただけの業界には、なんの敬意もないのだろう。

 長く勤めあげた私との、はなはだしい温度差を感じた。

 それから、適当に昔話や世間話をして会話を切りあげた。

 私は電話を切ったあと、彼女のアイコンをブロック・削除した。



 

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