第58話 適材適所
「私同性に嫌われやすいんです。友だちも全然いないんです。よかったら友だちになってくれませんか!?連絡先教えてくれませんか!?」
知りあって間もない関係性の薄い嬢に詰めよられるのは、よくあることだ。
“彼女たち”は“ターゲット”をコロコロ変える癖があるので、私に順番がまわってきたのだろう。
隣にピタリと張りつかれ、勝手にペラペラ喋られる。
仕方ないので、聞くともなく聞かされていると、
『私は美人で売れっ子だからどこの店に勤めてもほかの嬢から嫉妬や嫌がらせを受けて陰口を叩かれて困る……』
と暗に訴えたいようだった。
これも“彼女たち”の常套句だ。
いやいやいやいや……(笑)。
色営業や枕営業で指名を取っている分際で、しれっと何を言うかと思えば(笑)。
水商売のフィールドで安易に体を使う嬢とは誰もかかわりたくないし、口を利きたくないだけだ。
それは嫉妬ではなく、軽蔑だ。
それに、たいした面でもないのに美人風を吹かせる対外的自己評価に疎い女だから、気味悪がられて敬遠されるのだ。
美人とは、嫉妬の余地さえ与えない、ただそこにいるだけで説得力がある美しさをもった者にのみ与えられる称号だ。
真の美人は神々しさゆえにアンタッチャブルなので、色営業や枕営業に依存しなくても指名がつくのだ。
そのレベルに達していない嬢が美人を名乗るのは、端からすれば厚かましくて気味が悪い。
おまけに、そっぽを向いている他者からの嫉妬や嫌がらせを被害妄想するのだから、いっそう気味悪がられて敬遠されるのだ。
“彼女たち”はその心理的メカニズムに永遠に気づかない。
「お茶でもしませんか?」
「ご飯がいいならご飯でも!」
「お酒がいいならお酒でも!」
「映画は!?」
「遊園地は!?」
激しく誘われても、のらりくらりかわしていると、
「あの人はつき合いが悪くて薄情だ!」
「あの人は人間が嫌いなんだ!」
と陰口を叩かれたりする。
私という人間を語り批判できるほど親密な関係であるか否かは“彼女たち”には不問らしい。
『なんでつき合ってくれないの!?』
『私のことが嫌いなの!?』
『私が何をしたっていうの!?』
“彼女たち”の募る思いは歪んだ自己愛に変換され、容赦なく私を攻撃する。
「あの人は店長にえこひいきされてる!」
「あの人の客が私に色目を使うので困る!」
“彼女たち”は暴走し、ないことないこと妄想する。
「あの子は……ちょっと……かかわらないほうがいいかもね……」
聞かされた嬢は事のなりゆきや真偽を知っているので、私に密告する。
だから、私は応戦しない。
“ターゲット”から外されるのをじっと待つだけだ。
それが、短期戦で終える最善策だと知っているからだ。
なんの縁か?子どものころからずっと似たような人たちを観てきた。
変な話、馴れているのだ。
彼らの心理的メカニズムに添って対応するので、居心地がいいのだろうか?
なつかれてしまうこともあった。
だが、私は専門家ではない。
つかず離れずの距離を保った。
水商売従事者には男女ともに精神障がいを抱える者は少なくない。
他業種からの漂流者も少なくない。
一人抜けてはまた、一人。
ひと波乱去ってはまた、ひと波乱。
彼らに自覚はない。
それが、最も彼らを苦しめる。
水商売は直接他者の心に触れる職業だ。
己を俯瞰し、他者の心に着目して寄りそうことで成立する職業だ。
その理解が難い者には最も不向きな職業だろう。
それが一時的な症状ではなく、当人が生涯つき合っていく脳の特性だった場合、最も不向きな職業だろう。
彼らに自覚を促す者は少ない。
無知ゆえに気味悪がって敬遠するか、たとえ、彼らの心理的メカニズムを知っていたとしても、逆恨みされてまで助言するお人好しはそうそういない。
だから、少しでも自分を疑うなら勇気を出して専門家の門を叩いてほしい。
そして、もがき苦しみ、トラブってクビになる前に勇退してほしいと願うのだ。
かく言う私も彼らの存在によって己を疑う機会を与えてもらった。
単純なことなのだが、己を基準にすれば他者が異様に見えるし、他者を基準にすれば己が異様に見えるのだ。
一時的な症状なら誰の心身にも起こりうる。
都市部の人は“変わり者”で溢れている。
“まとも”とはなにか?
流行か?
多数決か?
権力か?
その定義は、時代や環境や立場によって変化してしまう危うさを常に孕んでいる。
本人すら欺くことだってあるだろう。
それを心して生きようと思う。
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