第52話 ナンパ①

 週末、午前二時に店がはけた。

 風営法ではホストやホステスが客の隣に座り接待する“1号営業”は、地域により午前零時もしくは一時までの営業許可だが、稼げるとわかれば、大半の店は未明まで営業する。

 看板をしまい、外灯を消し、シャッターや防火扉を閉めて、ドアに内鍵をかける。

 それで、カラオケを置く店も音漏れの心配がない(※念には念を入れ、時間外はカラオケを使用しない店もある)。

 昔なら、週末は六時閉店もざらだったので、水商売もずいぶん下火になったものだ。


 送り(終電後、送りが必要な嬢は専属ドライバーや男性スタッフが自宅付近まで車で送りとどける。有料)を断り、気の合う嬢たちと電車の始発まで遊ぶ。

 まずは朝まで営業しているワンタン麺が評判の中華料理店に向かう。

「イラサイマセ!」

 私はレジにいた店員に“四人”と手で合図した。

「ショウショオマチクダサイ!」

 広い店だが終電を逃したサラリーマンやキャバ嬢のアフター(店がはけたあと嬢が客につき合う接待)で、ほぼ満席だ。

 店員が空いた席を整えるまで待つ。

 入り口から近い、はめ殺し窓のそばの席に案内された。

 広い歩道と車道が見える。

 仕事中にしこたま飲んだというのに皆、ビールやハイボールやウーロンハイを注文した。

「「「「お疲れ様でーす!」」」」

 喉を潤してリラックスした。

 ワンタン麺ができるまで一週間をふり返る。

「私あいつと結婚することになってるらしいよ(笑)」

 店一番の美女が、吸っていた煙草を口から離して吐きまねをした。

「あー。ドンペリ君?」

 まいど、ドンペリを卸すので、あだ名がついた。

「キモっ!」

「そろそろヤバいね」

「いつまで引っぱるの?」

「刺される前に切らないと」

「S(嬢)が狙ってる」

「はぁ!?」

「金の匂いを嗅ぎつけたか」

「さすがハイエナ!」

 色営業や枕営業を断って指名を外された嬢のおこぼれを狙うので、あだ名がついた。

「ドンペリ君のタイプじゃないから落とせないって!」

「Sに押しつけちゃえば?」

「で、フェイドアウト?」

「フェイドアウトー!」

「悪いって!(笑)」

「今日も新人いじめてたよね?」

「あれは新人が悪くない?」

「『キャリアあります!』って感じ出してたのにね。使えなーい!」

 キャリアのある嬢が嗤った。

「Sだって即戦力のつもりで接してたんだよ」

「新人なんですぐバレるような嘘つくかなー?」

「採用されたかったんだよ」

「最近多いね。キャリアないのにありますふう」

「(面接で採用した)店長が面倒見れって!」

「フロアに出すにはまだ早いね」

「早いね」

「嫌だな。いっしょに働きたくないな。気が散る」

 誰だって別途手あても支給されずに“できます!ふう”の意固地な新人の面倒を見るは御免なのだ。

 

「こんばんはー♪」

 隣席の三人組のサラリーマンのうちの一人が、話しかけてきた。

 酔っぱらっている。

 面倒なので私たちは完全無視。

「こんばんはー♪」

 食いさがる、サラリーマン。

「餃子食べませんか?僕たちおなかいっぱいで。よかったらどうぞ!」

 近づいてきて餃子がのった楕円の皿をテーブルの上に置こうとした。

「どうぞ!」

「結構です!」

 それを一人の嬢が制した。

「今頼んだので!大丈夫ですから!」

 酔っぱらいの唾がかかった冷めた餃子がみっつ……無礼にもほどがある。

「すいませーん」

 酔っぱらいは、おずおずと隣の席に戻っていった。

「うぜーな」

「うぜーうぜー」

「じゃますんなっつーの!」

「気分悪っ!」

 私たちは水を飲んだり椅子を引いたりして、リセットするようにつぶやいた。


 運ばれてきたワンタン麺や餃子を食べていると、会計を済ませた隣席のサラリーマンが歩道ではしゃいでいた。

 先ほどの餃子男が寄ってきて、指でガラス戸をしつこく叩いてアピールする。

 目障りだし、耳障りだ。

 何やら、スマホの画面をガラス戸に押しつけてくる。

 確認するまでやめてくれそうにないので、仕方なしに窓際にいた私が確認する。

『このあといっしょに飲みませんか?』

と打ってあった。

 私は餃子男に一瞥をくれた。

 それすら、無駄な労力だった。

「なんて?」

 ほかの嬢が私に訊く。

「『いっしょに飲みませんか?』だってさ!ばーか!」

 私たちは店内に体を向け、ワンタン麺をすすった。

『まったく。旨い飯も不味くなる』

 サラリーマンは断念して帰っていった。


 往々にして熟キャバ嬢の外見は控えめだ。

 なので、一般女性と見まちがえて気安く声をかけてくる間抜けもいる。

 それで、おっとり反応してしまうような嬢がいるなら、素人か、ただの男好きだ。

 私たちは玄人だ。

 金が発生する客相手でなければ、目も合わせないし、口も利かない。

 余り物で女を釣ろうとするような、セコいサラリーマンに端から用はない。


 

 


 


 



 


 

 




 



 

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