第51話 斜陽

 久しく連絡が途絶えていた嬢からLINEがきた。

 以前、いっしょに勤めていた店が潰れたので、私が勤める店を紹介してくれと言う。

 だが、在籍嬢の紹介だからといって、必ずしも採用されるとは限らないのだ。

 現に私が満を持して紹介した嬢でさえ、店の雰囲気にそぐわないという理由で不採用になってしまうのだから……。

 まして、彼女は指名客の少ない不人気嬢だ。

 紹介すれば私の信用にかかわる。

 懇意でない彼女にはなんの義理もない。

 私は、彼女の自宅が郊外にあり、効率の悪さから店が送りの車を出さないことや (※終電を過ぎて送りが必要な場合、従業員や専属ドライバーが嬢を自宅付近まで送りとどける)、閑散期で求人を募っていないことなどをうそぶき、申しでをやんわり断った。


 潰れた店には馬鹿な店長代理がいた。

 馬鹿なので、いつまでたっても店長に昇格できずにいた。

 ときどき、店長代理は会計の水増しをした。

 日計ノルマ(※店によりけりだが平日は低く週末や繁忙期は高く設定されている。昔は達成できない店長クラスの当日の給料をまるまるカットするという非常なルールもあった。このほかに週計ノルマ、月計ノルマなどがある)を達成しつづけて店長に昇格するためだ。

 だが、人を見る目がない店長代理は、客の神経質な観察眼を見ぬけなかった。

 金払いがいい客ほど、ごまかせる相手ではないにもかかわらず、だ。

 それで、私は甚大な被害を受けた。

 ある日の会計どき、

「……あれ?シャンパンの値段って前と変わってないよね?」

 指名客がいぶかった。

「変わってませんけど?なぜです?」

「……。うん……」

 延長に次ぐ延長でラストまで。

 私はしたたか酔っていた。


 翌日、酒が抜けたところで昨夜の記憶を辿った。

 何度計算しなおしても正規の料金より数万円高い。

 出勤した私は店長代理に詰めよった。

「ねぇ?昨日の会計少し高くない?」

「あー。あれね。シャンパンの仕入れ値が上がったから上乗せしたんだよ」

 悪びれるでもなく、店長代理は言った。

「はぁ!?そんなの店の都合でしょう!メニューに表記してある金額と違ってちゃマズいでしょう!なんで一言私に断らなかったの!?勝手にボッタクんなよ!Pちゃん(指名客のあだ名)相当不信がってたし!これでこなくなったらどう責任とってくれんの!?」


 Pちゃんにとって、いくら払ったかは問題ではなく、それが正規の料金であったか否かが問題なのだ。

 Pちゃんは店長代理の不誠実を見のがさなかった。

 店長代理は店の信用と私の信用を同時に潰した。

 私がすぐに幹部に訴えたので、お咎めは食らったはずだ。

「新たな店長代理を用意するまで時間をく下さい」 

と幹部は言った。

 店長代理では店が機能していないことなど、百も承知なのだ。

 だが、慢性的な“人材不足”の業種ゆえ、その後も店長代理が簡単に退くことはなかった。

 私はPちゃんに事実を伝えて詫びた。

 それまでも、何度か店長代理から同じような被害を受けていた。

 会計どき、私が指摘することだってできたはずだ。

 自責が募る。

『この店は終わってる』

 私は店長代理に退店願いを出した。

 水商売は一ヶ月前の申告が習わしのため(※従わなければ減給される)、その後も在籍した。

 だが、店からすれば、退店する嬢をフリー客につけて指名を取られても移籍先に持っていかれるだけなので、ヘルプ(指名嬢が同伴((買い物や食事などをして、客と嬢がいっしょに入店すること))や指名被りの際に手伝いをすること)まわりをさせるに留めるのがオチだ。

 私は出勤日数を極限まで削り、すでに移籍していた店とかけ持ち(※原則禁止)で働いた。

 Pちゃんは移籍先の店についてきてくれた。


 馬鹿な店長代理は色ボケでもあった。

 大人の女に不馴れなため、嬢たちが一目見て、

『やべー!』

と思うような女でも、本性や魂胆を見ぬけずに採用してしまう。

 残念ながら、面接の合否の決定権は店長代理にあった。

 ある日も、元ヤン臭プンプンの女を採用した。

 黒く染めなおした髪に艶はない。

 華奢でキャンキャンうるさく、熟女のわりには分別がなく幼稚なので“入手しやすい”と思ったのだろう。

 元ヤンは○リマンだったので、体を提供された店長代理は、あっという間にほだされてしまった。

 指名をつけてやりたくて、売上を伸ばしてやりたくて、給料を上げてやりたくて、ただ、その一心で店づき(嬢ではなく長きにわたり店や男性従業員についている客。指名嬢が移籍したとしても店に残って別の嬢に指名をつけてくれる)ばかりあてがっていたら、まるごと持ちにげされてしまった!

 ○リマンが隣街のキャバクラに移籍したのだ!

 ○リマンはトラブルメーカーでもあったので、ひとつ所に長居はできない。

 店から店へ、男から男へ、ふらふら漂流する。

 男性従業員と寝る女は、客とも誰とでも寝る。

 男たちは“大家族の穴兄弟”であることに目をつぶり、甘い幻想を生きる……。


 見境ない○リマンは店づきを移動させるほど強力で、店の大損失となった。

 だが、店長代理は性懲りがなかった。

 ○リマンの新人と懇意になってはほだされ、客を持ちにげされるをくり返した。

 店は嬢と客の信用を失いつづけ、潰れた。






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