第50話 乗りかえ
二人組のフリー客についた。
延々、ちん○とまん○と金と愛人の話をしている。
私の担当は悪人面のイボじじぃだ。
真の悪人は悪人面をしておらず、面の皮が突っぱった無表情で目の奥だけが鈍く光っている、という意味の悪人面だ。
薄気味悪いので無難にこなして抜けようと思った。
イボじじぃに電話が入った。
『ん?』
スマホの画面にどこかで見たような名前が表示された。
「もしもし?うん?ああ。うん。今ちょっと別の店。あとでいけたらいくよ」
イボじじぃがスピーカーフォンにして連れの男に近づけた。
「えぇ~!もしもしぃ?早くこないと帰っちゃうよぉ!」
やはり、どこかで聞いたような甘ったるい声だ。
「もしもし?」
連れの男が応じる。
「もしもしぃ?○○さぁん?いっしょなのぉ?」
「ああ。今俺の“案件”につき合わせちゃってる。また日をあらためていくよ」
「えぇ~!ちょっとでもいいからきてよぉ!」
飲み屋の女からだ。
「そういうわけだから!またな!」
女がぐたぐた誘うので、イボじじぃは強制的に電話を切った。
「こい!こい!ってうるさいの。ババアだよ。4○歳」
私に向きなおり、じじぃが吐きすてた。
連れの男が無言で小指を立てた。
以前、働いていた店に典型的なベタ営(ベタベタ営業。客にベタついて色仕かけで指名を取る)の嬢がいて、夜な夜なしゃくれた顎で嬌声をあげていた。
当時から加算すれば“ババア”の年齢と同じだ。
嬢には爺さんの恋人がいた。
当時から加算すれば“イボじじぃ”の年齢と同じだ。
「すごく大事にしてくれるの」
と嬢はのろけた。
裕福な人で、連れていかれるレストランやホテルは常に一流であること。
毎月、いっしょに国内外を旅すること。
だが、水揚げされるでもなく、同棲もしておらず、結婚の予定もないこと。
そのすべてがイボじじぃの愛人の話と一致していた。
「僕とつき合わない?」
それまで、私の顔をまじまじ観ていたイボじじぃが言った。
「あら!だって“素敵な彼女さん”がいらっしゃるじゃないですか!」
「“あれ”はもういいの。飽きちゃったの。引きが弱いのは“あれ”の責任だよ。仕方ないじゃない。あなたのほうがずっと魅力的なんだから!」
「ゴルフはする?いっしょにいく?」
「海は好き?いっしょにいく?」
「山は好き?いっしょにいく?」
「温泉はどう?いっしょにいく?」
「海外旅行ならどう?いっしょにいく?」
イボじじぃはたたみかけたが、私はのらりくらりかわして
「呼ばれてしまいました。ごちそうさまでした」
つけまわし(嬢を客席につけたり、客席から外したりする係。俯瞰力が試されるため、ある程度のキャリアを要する)に抜かれたのですみやかに退席した。
イボじじぃは似たような新しい“コンテンツ”が欲しかっただけだ。
“ババア”のようになんの疑問も持たずに都合よく動いてくれる女なら、誰でもいいのだ。
だが、私は“ババア”ほど馬鹿でも安くもない。
“ババア”は年長でありながら無責任で優柔不断な女だった。
何か問題が起きても、対立を避けて他人の意見に従い、解決や刷新には尽力しなかった。
同僚からの信頼はまるでなく、ともに働くのを疎ましがられ、指名客もいなかった。
「恋人がいる!」
と、のろけておきながら誰彼かまわずベタついた。
無礼にも私の指名客にさえ。
“ババア”は手癖が悪い、ただの男好きだった。
問題児で成績も振るわなかったため、早上げや出勤調整(希望シフトの削減)の対象になり、三ヶ月ほどで退店した。
真の悪人が、そんなちゃちな女に本気で惚れるはずもない。
“ババア”は遊ばれて棄てられたのだ。
しかし、この業界、本当に狭い(笑)。
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