第49話 出もどり

 前話に続き、妖怪店外(客と嬢が店の外で会うこと。客からすればデート気分だが、嬢からすれば苦痛なボランティア。太客((大枚を叩く指名客))が相手なら接待)オネダリーの話。


 私を場内指名(フリー客から取る指名)してから数回、本指名で来店した客の店外交渉がしつこいのでスルーしていた。

「向かいのビルの姉キャバを開拓しようと思ったんだけど……いっぱいだったからきた」

 オネダリーはぶっきらぼうに言った。

 私に焼き餅を焼かせたいのだろう。

 神経質な目で私の様子をちらちら観た。

「そうでしたか。ありがとう」

 私は事務的に答えた。

 オネダリーが嬢を選べるように、私も客を選べるのだ。

 捨てる選択をしたオネダリーに焼き餅を焼くはずもない。

「君がお客様を選ぶんじゃない!お客様が君を選ぶんだ!」

 そう熱血漢の店長に指導されたのは、お客様がお客様として正常に機能していた遠い昔の話だ。


「何か飲む?」

「ありがとうございます。頂きます」

「今度の日曜日さ、昼からどこかに遊びにいかない?」

 うつむいていたオネダリーが顔を上げて私を観た。

「日曜日って明後日の日曜日ですか?」

 その夜は金曜日だった。

「うん。そう。午後から時間が取れるんだ」

『あ!?お前の都合なんてどーでもいーんだよ!こっちの都合とモチベーションが大事だろーが!』

「突然だね。日曜日は予定があるから無理だな。二週間先までスケジュールがいっぱいなんですよ」

『色男で事足りてんのに誰が好きこのんで自己中のブスとデートすんだよ!』

「こんなに誘っても駄目か。残念だな……」

『しつけーから断られつづけんだよ!』

「君となら楽しい時間を過ごせると思ったんだけどな。いい男がいい女を誘いたくなるのは自然な感情だろ?」

 自画自賛のついでに私をおだてた。

 オヤジやブスやケチに限って上からものを言うのだから、救いようがない。

「つき合ってくれないならほかの子指名しちゃおうかなぁ~」

 オネダリーは突然イヒヒヒヒ!と甲高い声で笑った。

 冗談だと言いたいのか?

 だが、程度の低い駆けひきは駆けひきには昇華せず、無様なだけだ。

 好意がない客からのそれは、これっぽっちもチャーミングではないし、馬鹿まる出しで気色悪いだけだ。

「どうぞ。“お客様”の御自由に」

 私はステアするグラスの酒に目を落としながら皮肉った。

 会話もたいしてはずまない。

 努める気力もない。

 その日オネダリーを見おくり、お礼のLINEだけすると、私はいっさいの営業をやめた。

 オネダリーからは、なんの返信もなかった。


 それから三ヶ月後。

 オネダリーは突然やってきた。

「御指名です!」

 つけまわし(嬢を客席につけたり、客席から外したりする係。俯瞰力が試されるため、ある程度のキャリアを要する)に指名席から抜かれてつくと、オネダリーだった。

「あら!お久しぶりです!いらっしゃいませ!」

「うん。お客さん?」

 オネダリーが衝立の向こうを覗くしぐさをした。

「そうなの」

『お前みてーなペーペーじゃなくて五年も指名で通ってくれてんのに『デートしろ!』とか『ヤらせろ!』とか言わねー飲み屋のしきたりをわきまえて楽しむ、女にまったく不自由してない現実モテモテ紳士だわ!』

「人気者なんだね」

「ぼちぼちですよ」

「何か飲む?」

「ありがとうございます。頂きます。お元気でしたか?」


 姉キャバを開拓しようと試みて完敗し、熟キャバに出もどる客は少なくない。

 モテない男は“ヤれない美人よりヤれるブス”に甘んじ、取りあえず経験を積むのがパターンだが、オネダリーは“ヤれない熟女よりヤれる小娘”を狙ったのだ。

 だが、たいして好みでもない小娘にすら相手にされないのなら、ヤれない好みの熟女と飲んだほうがいいらしい。


 女性の心の声に傾聴せず、モテの方法論を習得できずに生きつづける頑固な男の、なんと憐れなことか。

 




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