第48話 りょ!

 ついたフリーのピン客にLINEIDの交換をせがまれる。

『なんのために?』 

 何度かスルーしたが、しつこいので、

「じゃあ……しますか?」

と渋々交換した。

「君とは縁がありそうです」

「そうなんですか?じゃあいてもいいですか?(場内指名((フリー客から取る指名))しろ!)」

「今日は初めてなのでもう少し観させてください……」

 ほかの嬢も物色したいのだ。

 ならば、私に無理やりLINE ID 交換させたのは早急で無礼だった。

 指名客と指名嬢として縁がなければ、今後やり取りする場面は皆無だ。

「そうですか。お客様の自由なので。どうぞどうぞ。ごちそうさまでした」

 私は自分のグラスと客のグラスを合わせて退席した。

 その後3セット(店により1セットは45~60分程度)。

 誰も場内指名せず、フリー客は帰った。

 それが師走のこと……。


 年明け。

 しばらくして、客からLINEがきた。

 不要なのでアイコンを削除していたが、ブロックはしていなかったので通知がきたのだ。

 しびれを切らして連絡してきたのなら、フリー戻し(フリーでついた場内指名されていない客を本指名で来店させること。 ちなみに“場内戻し”は場内指名された客を本指名で来店させること)の可能性がある……。

 私はLINEを開いてみることにした。

『お久しぶりです!お元気ですか?少し遅くなりましたが明けましておめでとうございます!今年もよろしくお願いします!』

『お久しぶりです!元気にしています。明けましておめでとうございます!今年もよろしくお願いします!〇〇(客の名字)さんもお元気でお過ごしください』

 私は様子をうかがった。

『ありがとう!』

と、すぐに返信があった。


 数日後、

『映画のチケットがあるので今度の日曜日いっしょにいきませんか?』

と唐突な誘いがきた。

 人と人とのかかわりの過程や時間軸をまったく把握していない。

 その映画はノーストレスのパートナーと観にいく予定だった。

『ごめんなさい。指名でお店にきてくださるお客様以外と外でお会いすることはありません』

 相手が犯罪級に鈍い場合、思いやりは新たな誤解を生む。

 私はストレートに伝えた。

 私はキャバ嬢だ。

 男好きでこの仕事をしているわけではない。

 出会い系居酒屋で持ちかえられることを前提に漂う、女たちとも違う。

 すぐに、

『りょ!』

と一言、反抗的な返信があった。

 全面的に己に非があるというのに、断られたとたん、クソガキに転じやがった(笑)。

 オヤジたちの間で流行している、この、

『りょ!』

は若作りと稚拙を往来する。


『こんな優秀な男は初めてだろう?』

 自惚れるな。

 お前ごときのステイタスなど、腐るほど相手にしてきた。

『こんな色男に誘われたのは初めてだろう?』

 自惚れるな。

 ピグミーマーモセットからゴリラまで、百万回誘われて百万回断ってきた。

 頷くキャバ嬢がいたとしても、それは“客”を獲得するためだ。

 指名と金のために嫌々デートして、嫌々食事して、嫌々セックスするだけだ。

 落とせたなんて思うな。

 楽しませたなんて思うな。

 喜ばせたなんて思うな。

 好かれたなんて思うな。

 愛されたなんて思うな。

 男として、何も与えられていないのだ。

 男として、何も達成できていないのだ。

 ただ、嬢に負担をかけ、嬢を疲弊させ、嬢に嫌悪されているだけなのだ。


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