第47話 総括2019

 時代遅れなハロウィンやクリスマスイベントのノルマも無難にこなし、今年もモテない君の承認欲求を満たしつづけた。

 それでも、費用対効果が低い執拗な客は、あっさり切りすてた。

 安金で玄人を動かそうなんざ、甘い、甘い。

 啓蒙コストを考えれば、切りすてたほうが賢明だ。

 客としてポテンシャルが高い金持ちでも、一線を越えたがる遊び下手は切りすてた。

 イボだらけのブルドックや、口臭のキツい妖怪唾シャワーとセックスするなんて、拷問以外の何物でもない。

 嬢を拷問にかけようとしている事実に気づかない分、ジジイの愚鈍は罪深い。


 モテない君は惜しみなく金を使え。

 それでも女性に嫌われるなら、惜しみなく心を使え。

 使った金や心は回収しようとするな。

 嬢を幻滅させれば、また、ゼロからやり直しだ。


 先に与える男性はモテる。

「僕が〇〇(私の源氏名)ちゃんを好きで勝手にきているだけだから」

 見かえりを求めず、にこにこ穏やかにしている男性は、なおモテる。

 嬢を

『この人に何かしてあげたい!』

という気持ちにさせるからだ。

 与えることができる男性は愛された記憶がある男性だ。

 家族愛に隣人愛に恋愛に動物愛に……。

 彼らはそれらに感謝して周囲に還元しようとする。

 彼らは精神的に充足しているので

「僕ちゃんを観て!僕ちゃんの話を聴いて!僕ちゃんを好いて!僕ちゃんを愛して!触らせて!チューさせて!デートして!セックスして!彼女になって!愛人になって!結婚して!」

などと、稚拙で勝手な欲望を嬢に突きつけて嫌悪されることはない。


 では、私の仕事はなんだ?

 愛に飢えた僕ちゃんたちから半永久的に金を搾りとることか?

 だとすれば、なかなかハイエナらしい(笑)。

 本来、そうであったのか?

 いや、違う。

 飲み屋は成熟した男性と経験豊富な女性との社交場だった。

 馬鹿も粗野もいない、粋な大人の社交場だった。

 年若だった私は、お客様からどれほど多くの学びを得たことか。

 今でも、足を向けて眠れない殿方はたくさんいる。

 だが、古きよき時代を懐かしんでばかりもいられない。

 皆、退化してしまったのだ。

 鶏が先か卵が先か。

 嬢が退化した客を軽視したのか?

 客が退化した嬢を軽視したのか?

 それらを大半の嬢が甘受してしまった。

 どのみち問題なのは、客を正道に導けなかった“商品やサービスを提供する側”なのだと、自戒を込めて思う。


 営業中、いちゃついてキスするのを強制的に見せられる。

『ほかでヤってくれ!』

と思う。

「いいなぁ、あっちはあんなにいちゃいちゃしてて」

「あー。あの一角だけ風俗店みたいね。あの子はあれが“専門”なんですよ」

「君はしてくれないの?」

「私は風俗嬢ではないのでしません」

「サービスが悪いなぁ」

「サービス?あれはキャバクラのサービスではないですよ!」 

 止めに入るスタッフはいない。

 経営陣は金になれば手段は問わない。 

 このご時世、水商売に誇りをもった人間を見つけるのは難しい。


 黒いベンチコートを着た小柄な女が、通りをいく男たちに声をかける。

「オニイサン!ドーデスカ?」

「サンゼンエンヨ!ナンデモオーケーヨ!」

 腕に絡みつくのは迷惑防止条例違反だ。

 昨夜はワンブロック先でなにがしかが捕まった。

 それでも、彼女たちは寒空の下で客を引く。

 店がにぎわえば店に戻って接客する。

 翌日には店先に空のシャンパンボトルが積まれているのだから、たいしたものだ。

 日本人を雇う熟キャバが“正統派”ばかりを置いてしまえば、太刀打ちできないのも事実だ。


 さて、私の仕事はなんだ?

 お客様の心をほぐして癒し、明日への活力にしていただくことだ。

 それで完結するはずだ。

 だが、私のような古くさい考えの嬢が、日々、風俗まがいの嬢たちに囲まれて同じ土俵で勝負しなくてはならないのは、なかなか難行なのだ。

 それでも、仕事は続けていくだろう。

 それでも、馬鹿な客や粗野な客は取らないだろう。

 だが、啓蒙の余地がある!と見こんだ客は切りすてず、飲み屋での立ち居ふる舞いを伝えていくだろう。

 小言を言うだろう。

 喧嘩もするだろう。

 高い勉強料を払わせるだろう。

 だが、それで開眼した客が、世間に好かれるいっぱしの男性になって、私や飲み屋から巣立っていけばいいのだ。

 忘れたころにやってきて

「僕を育ててくれたのはあなたです!」

と言われたとき、水商売をしていてよかったと、つくづく思うのだ。








 

 


 

 


 

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