第45話 給料泥棒
何もしない女がいる。
キャバ嬢と呼ぶに相当しない。
指名を取らないのはもちろんだが、場内(場内指名のこと。フリー客から取る指名)も取らなければ、ドリンク(有料)も延長(店によりハーフで30分、ワンセットで45~60分程度)も取らない。
そのくせ、就業時間を少しでも過ぎれば
「ただ働きだ!」
と一丁前に文句を言う。
マイナス営業(接客がマンツーマンに満たないこと。スナック営業とも)では二人以上の接客をこなせないどころか、そもそも、マンツーマンの接客すらできない。
ヘルプ(本指名嬢が同伴((買い物や食事などをして客と嬢がいっしょに入店すること))や指名被りの際に手伝いをする嬢)につければ無愛想だと指名客から苦情が出る。
嬢たちに疎まれているが、いっこうに辞める気配がない。
おんぶにだっこを絵に描いたような給料泥棒だ。
だが、つけまわし(嬢を客席につけたり、客席から外したりする係。俯瞰力が試されるため、ある程度のキャリアを要する)の恩情か?精鋭の嬢たちが待機で余っているにもかかわらず、謎に上席に給料泥棒がつけられることがある。
いつものことだが、給料泥棒が上席につくとボスや財布係が不機嫌になってしまう。
楽しませていないので出るはずのドリンクも出ない。
給料泥棒には
『指名客を呼べず申しわけない。せめて店の売上に貢献できれば……』
などと言う、謙虚な気持ちは微塵もない。
そのとき、なんの権限もない部下につけられていた私は、しびれを切らして対面からボスにお伺いを立てた。
「頂いてもいいですか?」
「どうぞ」
とボス。
私はすかさず
「お願いします!」
ボーイを呼んでアピールした。
『私が!取ったんだよ!』
他力本願な嬢ほど人の成果を横取りしようとするので、油断も隙もないからだ。
上席につこうが末席につこうが給料泥棒と同席させられると必ず、私が“仕事”をするはめになる。
言わば、切りこみ隊長だ。
切りこみ隊長は相手や間合いを間違えると、ドリンクを出してもらえないどころか悪者にされてしまうので神経を使うのだ。
それでも、給料泥棒から
「いつもありがとう」
などと、謝意を示されたことは一度もない。
キャバクラでドリンクを取るのは嬢の使命で指導されているのだが、店長やつけまわしが給料泥棒をいかに指導しているかはまったくの謎だ。
あるとき、マイナス営業の団体席に給料泥棒といっしょにつけられた。
ひとしきり盛りあげたところで、上席についていたやり手のA嬢が三人分のドリンクを取ってくれた。
A嬢と同席すると(当然なのだが)上席についたほうが“仕事”をするので負担は五分五分だ。
A嬢と給料泥棒と私とで六人の相手をする。
普通に考えれば一人で二人の分担だ。
だが、前述のとおり、給料泥棒にはテクニックがない。
おまけに酒も作らない。
結局、A嬢と私とで五人を担当するはめになった。
私は酒を作っては出し、作っては出す。
その間、A嬢が腕を伸ばして対面の客の煙草に火を着ける
A嬢とは連携プレーが可能なのだ。
一方で、給料泥棒が接客している?隅の客が不機嫌だ。
そこだけ空気がずしんと重い。
案の定、つけまわしが抜きにくると給料泥棒はあっさり抜けた。
追って、A嬢と私が抜かれたが、同時に場内を取って席に留まった。
給料泥棒のあとに投入された、腕のいいB嬢が空気をガラッと変えて場内を取った。
それからは、嬢たちのグラスが空くたびに客の誰からともなくおかわりを勧められた。
ほかの席の客が引けると新たな嬢が投入され、マンツーマン体制になって延長を取った結果、客単価が上がった。
フリー席だったため、嬢たちの取り分は場内指名料(店により、千円から三千円程度)のキャッシュバック(店のシステムにより、25~100%)とドリンクバック(店のシステムや売上に応じて百円から三百円)のみだが、指名客が呼べないときこそ己のふがいなさを隠して笑い、店の売上に貢献するべきなのだ。
それがキャバ嬢の職業意識だと私は思う。
給料泥棒は新人ではないので保証期間(店のシステムにより一ヶ月から数ヵ月程度。成果や売上がなくても勤務時間や勤務日数や高時給が保証される)は、とうの昔に切れている。
キャバ嬢は人気商売なので、どこの店でも客がつかない嬢は戦力外通告を受ける。
特別問題児でもない限り、サクッと解雇はできないので、ヘルプまわりをさせたり、出勤調整(希望シフトの削減)をしたりして、徐々に自主退店に追いこんでいく。
だが、給料泥棒はその対象ではない。
冷遇されるどころか、むしろ、厚遇されている。
えこひいきされてしかるべき、幹部の女でも、店長の女でも、つけまわしの女でもない。
店のアイコンになるほどの美貌もない。
謎は深まるばかりだ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます