第43話 プロとプライド
客引きとは昔から顔なじみだと言う、万年フリー客が部下を連れて来店した。
私は初見だったがセカンドでついた。
「ゴルフ!連れていってくださいよ!◯クサスに乗せてくださいよ!」
部下が胡麻をすっていたので
「◯クサス!素敵ですね!」
と会話に参加しながら着席した。
『◯クサス信仰世代か』
年齢が推定できた。
会話を進めるなかで
「もうすぐ定年なんだよ。そうしたらいっしょに遊んでよ!」
と客が唐突に私を誘った。
ファーストでついた嬢の名刺が出しっぱなしだ。
年は食っているが
『次につく嬢に失礼だから』
と、さっとしまえるような洗練された男ではない。
「いくつ?彼氏は?結婚してるの?バツイチ?子どもは?最近エッチしたのはいつ?」
ブンブンブンブンブンブンブンブン……蝿並みにうるさい。
「逆に最近したのはいつ?」
パチン!と退治する。
「……」
黙る、蝿男。
「ね!大人の事情でみんなうまくヤッてるでしょう?一杯頂いてもいいですか?」
『がっついて私の身辺調査なんかしねーでもこの先お前とはなーーーんもねーから!(笑)』
下品な会話につき合わされたので御褒美が欲しかった。
ファーストでついた嬢たちにはごちそうしていなかったが、私は部下についた嬢の分もねだった。
「どうぞ」
“上席や財布係につけると嬢全員分のドリンクを取ってくれる働き者で協調性のある嬢”という、つけまわし(嬢を客席につけたり、客席から外したりする係。俯瞰力が試されるため、ある程度のキャリアを要する)へのいいアピールになった。
ただし、つけまわしの目が節穴ではなければの話だが。
発言権や決定権がある上席や財布係に頻繁につければ、指名を取って売上を伸ばすチャンスも増えるのだ。
ビールとワインが運ばれてきたので乾杯した。
休日の話になる。
「僕は海も山も好きでね。いっしょにいかない?」
勇み足が癖なのだろう。
無粋でうんざりする。
「山はドライブウェイですか?登山ですか?ああ。でも直に閉鎖ですね。私は海は苦手なんですよ」
本当は海も山も大好きだが、蝿男とはいっしょにいけない旨を示唆する。
「そうだねぇ……。そうかぁ……。じゃあご飯いかない?」
キャバ嬢を食事に誘うのは同伴(買い物や食事などをして客と嬢がいっしょに入店すること)と同義だ。
それを蝿男がどれほど心得ているのか?
これまでの言動からみて可能性は低かったが、鎌をかけてみることにした。
「いいですね!」
「じゃあ連絡先教えて!それから話を詰めよう!」
蝿男が促すのでLINE ID を交換した。
「来週どう?」
と蝿男が誘った。
「大丈夫ですよ!いつにしますか?昼の仕事を終えて◯◯(店がある地域)に着けるのが◯時くらいなんですが……」
同伴の待ちあわせ時間を探る。
最速で着ける一時間後を申告した。
蝿男が人間的にタイプではないので、短時間で飲みくいを済ませて入店したいからだ。
「店に入る前に時間はある?僕は同伴はしない。女性や店の策略にまんまとハメられるのが嫌なんだよ!こっちもプロだからさ!」
『先まわりしてドリンクを勧める紳士的なふる舞いもできねーで場内指名(フリー客から取る指名)すらしてねーでボランティアで飯つき合えってか!?飯=同伴の心得もねーで何がプロだ!このど素人が!!』
「ん?同伴でなければ時間はありませんね。遅刻すれば罰金なので。同伴なら出勤時間ギリギリまでお相手できますよ」
「うーん。僕は常々魂胆なしに女性から誘われる男でいたいと思ってる。男のプライドなんだよ。君もこんなことを言う奴はたくさん見てるだろうけど……」
『どの口が言ってんだ!なんの幻想だよ!?勘違いモンスターのオッサン誰が誘うよ!?』
「そうですね。年間延べ一千人の殿方のお相手をしますので。私もプロですし、キャバ嬢としてのプライドもあるので簡単には動きません。それに、いつも同伴してくださっている“大切なお客様”に申しわけが立たない。一千人分の一番に相当する素敵な男性ならこちらからお誘いするでしょうけれど」
「ははは」
と蝿男が力なく笑った。
キャバ嬢に“あわよくば”は通用しない。
通用するとすれば、蝿男と同等の、ど素人だけだ。
私は水商売が好きだ。
水商売振興のためにでき損ないの客を啓蒙するのは、ホステスの当然の役目と思っている。
だから、この先も、客に怒られて嫌われて憎まれたとしても、売上や金品のために媚びへつらったり、股を開いたりすることはない。
客に響く響かないにかかわらず、時代遅れと呼ばれようが、私が先達から教わり財産とする、厳しくも美しい飲み屋の作法を伝えていくだろう。
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