第42話 透明人間
私には美しい人しか観えない。
美しい人が視界に入ると、相手が気づいていぶかるまで目で追ってしまい、ハッ!と我に返ることもしばしばだが、それ以外の人を延々と見すごしてしまうのは、何も意地悪でしているのではない。
私のきわめて個人的な美意識が、美しい人とそうではない人とを潜在的に選りわけてしまっているのだ。
だが、観えない人ほどしつこく賛辞を欲してくるものだから、待機席での駄弁は苦痛このうえないのだ。
「ボブにしたんですぅ~♪(似あうでしょう?)」
『おにぎりみたい』
「髪色明るくしたんですぅ~♪(似あうでしょう?)」
『乾燥モップみたい』
「リップ。赤めにしたんですぅ~♪(セクシーでしょう?)」
『人食いみたい』
「(アイ)シャドー。グリーンにしたんですぅ~♪(シックでしょう?)」
『誰かに殴られたの?』
「(ツケマの)本数増やしたんですぅ~♪(目元ぱっちりでしょう?)」
『眼瞼下垂大丈夫?』
「(アイ)ライン太くしたんですぅ~♪(セクシーでしょう?)」
『それでも寝起きみたい』
「ダイエット中なんですぅ~♪(痩せて綺麗になったでしょう?)」
『それでもトドみたい』
「編みあげ(ドレス)新調しましたぁ~♪(セクシーでしょう?)」
『贈答用のハムみたい』
「オフショル(ダーのドレス)新調しましたぁ~♪(セクシーでしょう?)」
『レスラーみたい」
「腕。出してみましたぁ~♪(セクシーでしょう?)」
『ターキーレッグみたい』
「脚。出してみましたぁ~♪(セクシーでしょう?)」
『象みたい』
「ピンヒールにしてみましたぁ~♪(セクシーでしょう?)」
『沈んだカーペットが可哀想』
「『◯◯◯子(女優)に似てる』って言われるんですぅ~♪(そう思わない?)」
『目が小さいところだけね』
「『人間っぽくないね』って言われるんですぅ~♪(神々しいでしょう?)」
『整形モンスターだもんね』
「『酔うと色っぽいね』って言われるんですぅ~♪(そう思わない?)」
『ヤリ目(セックスが目的の客)の常套句ですから!』
「最近よくナンパされるんですぅ~♪(モテモテでしょう?)」
『尻軽そうだもんね』
どうか、あなたたちを私の網膜に強制的に焼きつけようとしないでください。
私に賛辞を求めないでください。
元々、観えていなかったので、昨日までとの違いがわかりません。
ごめんなさい。
まったく、興味がないのです。
だから、期待しないでください。
お世辞が言えません。
本心も言えません。
たしなめることもできません。
沈黙することしかできません。
じゃましないでください。
私の美意識に土足で踏みこまないでください。
私は美しい人だけを観ていたいのです。
頭の中を美しい人のイメージでいっぱいにして、私自身の女性性を奮起していたいのです。
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