第41話 不機嫌アピール

「いらっしゃいませ。こんばんは」

 フリーの団体席につくと、すぐに生体反応が出た。

『マズっ!ひねくれもんの顔だ!気分悪っ!』

“連れてこられました感”を前面に押しだしている。

 それでも、こちらは仕事なので、吐き気を催しながらもコミュニケーションを図る。

 酒を作る。

 話しかける。

「はじめまして。〇〇(私の源氏名)です。何さんですか?」

「……プー太郎……」

 素直に名乗ればいいものを。

 知られるのが嫌なら、偽名くらい仕込んでくればいいものを。

 それはキャバクラにくる投資家が好きこのんでする暗示だ。

 また、話しかける。

 返事がない。

 めげずにまた、話しかける。

 正面を向いたままで返事がない。

「ん?」

 プー太郎の顔を覗きこんだが無表情だ。

『本当にそれでいいんだな?あっそ!はいはい!確定ね!』

 私の鬼スイッチが入った。

 1×0は0だ。

 いくらこちらが大きな数字を掛けようが相手が0ならいっこうに0だ。

 ともに楽しむ気持ちがなければ、飲み屋の接客以外のサービスを提供するつもりはない。

 キャバクラは心療内科や精神科ではないし、キャバ嬢は医者でもカウンセラーでもない。

 多かれ少なかれ、その性質をもってはいるが、別途料金を頂いているわけではないので対処する義務はない。

 私は正面を向いてだんまりを決めこんだ。

『ほかのキャバ嬢みてーに「私何か気に障ることでもしました?だったらごめんなさい」とかなんとか媚びへつらってもらえるとでも思ったんか!?予定不調和で残念だったな!で、このシラケムードどーしてくれんだ!?先に吹っかけたのはてめぇだかんな!責任取れよ!客だからって調子ぶっこいてんじゃねーぞ!』


 プー太郎は上着の内ポケットからおもむろにスマホを取りだすと、これ見よがしに株価チェックを始めた。

『「株やってるんですね!投資家なんですね!すごい(お金持ちなん)ですね!」ってちやほやされて不機嫌な俺様気取ってたんだろ!私相手でもそれが通用すると思ったんだろ!てめぇいくつだよ!?いい歳こいたオヤジだろーよ!甘えんじゃねー!熟キャバ嬢ナメんじゃねー!てめぇの取りまきの金満主義のケツの青いガキといっしょにすんじゃねー!てか、実務経験ねーのかよ!?数字の変動ばっか観て人観てねーから性格こじらせてんだろーが!』


 沈黙が続く。

 私の心はお喋りなので退屈ではない。

 むしろ、この、オヤジのふりした青白いガキに思いしらせてやりたかった。

『おーい!哀れな意地っ張りー!私に話しかけてみーろーよー!許してやってもいいぞー!』

 私はプー太郎を睥睨した。

『自分で吹っかけた責任も取れねーでいつまでスマホいじってんだ!?上の空でスクロールして全然画面見てねーじゃん!(笑)。てめぇが内心乱高下してんだろーが!素直に頭のひとつも下げらんねーようじゃ一生大人になんてなれねーんだよ!』

 向かいの席で談笑していた客と嬢がちらりとこちらを見たが、また二人の世界に戻っていった。

 つけまわし(嬢を客席につけたり、客席から外したりする係。俯瞰力がためされるため、ある程度のキャリアを要する)が私を抜きにきたので

「おじゃましました」

プー太郎の顔も見ずにさっさと抜けた。


 不機嫌は公害だ。

 未発達な人間の悪行だ。

 そして、ここはキャバクラだ。

 親が幼児を庇護してくれる家庭とはわけが違う。

 あかの他人のキャバ嬢に、己の鬱積を皺よせすることなど許されない。

 私はその不条理を、相手が被る不快を、加害者に思いしらせてやりたいのだ。

 大人のマナーを軽んじた代償を払わせてやりたいのだ。

 そこに加害者の背景を思いやる優しさは微塵もない。

 人間的に未発達ならば、飲み屋などさ迷っている場合ではなく“育てなおし”でもなんでも、しかるべき場所で、しかるべき手あてを受ければいいのだ。


『皆自分で抱えて生きてんだ!我慢して抑制してんだ!笑顔の下で人知れず泣きながら自己解決の道を模索してんだ!てめぇだけ甘えんじゃねー!甘えんじゃねー!甘えんじゃねー!』

 私の心は叫ぶ。












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