第40話 パフォーマンス
だらだら続いた夏も影をひそめ、ようやく秋めいてきた先日、テラス席があるイタリア料理店でおいしいワインを頂いて同伴(買い物や食事などをして客と嬢がいっしょに入店すること)した。
馴染み客のNとだったので純粋に楽しかった。
店までの道程を歩いていると
「ちょっとコンビニ寄ってもいい?」
腕時計を見て時間を確認したNが私に訊いた。
入店予定時間まで十分ほど余裕がある。
「いいよー♪」
とゴキゲンに返す私。
たとえ遅れたとしても、Nや店長が時間どおり前倒しで伝票を切るのを承諾してくれているので、私の時給は保証されている。
二人で繁華街のミニマムなコンビニに入る。
「〇〇さん(客引きも兼任する副統括)は飲むヨーグルトでしょう。〇〇ちゃん(客引き)と店長は◯ョージアで〇〇君(つけまわし)はシュークリームかなぁ」
Nがあれこれ思索する。
スタッフへの差しいれの話で、各々の好みもリサーチ済みだ。
「何か欲しい物ない?」
訊かれた私は◯リスクと◯ォールズをNが持っていたかごに入れた。
「ありがとう♪」
いつもの光景だ。
「Nさん!」
「いらっしゃいませ!」
店がテナントで入るビルまで近づくと、副統括と客引きが走りよって出むかえた。
あらかじめ入店予定時間を伝えていたので、四方八方に目を光らせていたのだろう、反応が早かった。
明後日の方を向いてぼさーっと一服でもされていたのでは、客のテンションも下がってしまう。
「お疲れ様!」
Nがコンビニの袋から飲むヨーグルトと◯ョージアを取りだしてそれぞれ渡した。
「あー!ありがとうございます!」
「ちょうど喉が乾いてたんですよー!頂きます!」
インカムで店内のスタッフにNの来店を伝えた副統括がエレベーターの扉を開け、同乗して店前まで導く。
私は男どうしが談笑するのを微笑ましく聞いていた。
扉が開き、店長にバトンタッチした副統括は、客引きに戻るために階段を下りていった(※営業中のエレベーターは“お客様専用”という考え方なので従業員が単独で使うことはない。気が利かないキャストは平気で使っているが)。
入店するとNが店長にコンビニの袋を渡した。
「〇〇君(つけまわし)にも」
「あー!ありがとうございます!」
「頂きます!」
その光景を見とどけ、私は更衣室に入った。
待機嬢がたくさんいてよりどりみどりなので、適切なヘルプ(本指名の嬢が同伴や指名被りの際に手伝いをする嬢)をつけてくれるだろう。
五分ほどで着がえて化粧を直し、更衣室を出た。
家を出る前にストレートアイロンをあててきたので、ヘアメ(イク)は問題ない。
「大丈夫です。つけます」
つけまわし(嬢を席につけたり、席から外したりする係。俯瞰力が試されるため、ある程度のキャリアを要する)に促した。
席につくと、礼儀正しいM嬢がNと談笑していた。
「おまたせー!あー!Mさん!おはようございます!」
「おはようございます!先に頂いてます!」
「どうぞ♪どうぞ♪」
Nは私が不在でもヘルプがつくとすぐに
「好きな物を飲んでください」
と勧めてくれる。
キープボトル(ハウスボトルに対して有料。キープ期間は三ヶ月程度)があるにもかかわらず、それをヘルプに消費させることなく、ヘルプのキャッシュバックになる一杯を勧めてくれるのだ。
だが、ベテラン嬢のヘルプほど
『指名嬢のうかがい知れぬところでヘルプのドリンク代が会計に加算されていいものか?指名嬢が杯を重ねて本人のキャッシュバックに加算したほうがいいのではないか?』
と気をまわし
「このお酒大好きなんです!いっしょに頂いてもいいですか?」
と無益なキープボトルを消化してくれる。
だが、嬢には下戸もいるし、酒の好みもある。
私としてはヘルプへの感謝の気持ちもあるので、有益な一杯を頼んでもらってかまわないのだ(※ちなみに複写切りとり式の伝票や付箋を使う店の場合、緑ハイ☆やビール♡などとドリンク名のあとに☆や♡を書きたすとノンアルコールの意。ウーハイ“S”などと書きたすとアルコール“少なめ”の意。口頭で頼むより下戸が客バレしにくい。気が利く嬢は“スペシャル”などと合言葉を決めておくが、気が利かない嬢はボーイにいちいち耳打ちしてもたつくので客がいぶかってしまう)。
なので、そんなヘルプには
「遠慮しないで一杯飲んでって!」
と促すようにしている。
指名嬢から勧められれば、ヘルプも心置きなく頼めるからだ。
「ごちそうさまでした!」
M嬢がNとグラスを合わせる。
「「お疲れ様でした!」」
それをNと私で労った。
「ありがとうございます!」
M嬢は首尾よく退席した。
「大丈夫!(M嬢が)楽しんでくれたと思うから!」
Nが私に微笑む。
「うん!ありがとう!」
「すべては〇〇(私の源氏名)ちゃんがスムースに働けるためのパフォーマンスだから!」
指名を貰って間もないころ、Nに言われたことがある。
もちろん、大前提にN本来の優しさあってのことだが、外勤や内勤のスタッフを労うのも、ヘルプをもてなすのも、店に対して私の心証をよくするためのパフォーマンスなのだ。
私に負担をかけず、私の有益になることのみを行使し、私を癒してくれる、N。
成熟した他愛とはこういうものだろうか?
ならば、Nには愛するより先に愛された経験が、それを愛だと感受した素直さがあるのだ。
Nといると、愛について否応なく考えさせられる。
だから、キャバ嬢という限られた立場からではあるが、少しでもNの気持ちに寄りそいたいと思うのだ。
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