第38話 お盆営業

 七月八月とだらだら続いた“浴衣祭り”も、指名本数ノルマを無難にこなして終了した。

 着つけの上乗せ料金はなく、いつもの料金(千円/一日)でいつものヘアメ(イク)さんが担当してくれた。

 古いつき合いの指名客に昨年と同じ浴衣姿を見せるわけにはいかないので新調したが、店からの補助金はない。

 クリーニング代も自腹で、もろもろ痛い出費だった。

 気がつけば、世間はお盆休みだ。


「ビアガーデンにいってきたよ!」

 隣のオッサンが言う。

 東京と地方との混合チームの二次会の団体客だ。

 お互いに

「社長!社長!」

と、はしゃいでうるさい。

『いつまでも腰浮かせてねーでさっさと座れ!』

 百戦錬磨の熟キャバ嬢は一目見た瞬間に社長か平社員かわかるので、無駄なお遊びだ。

「お盆休みなのにどれだけ暇なんだよ!」

 隣のオッサンが叫ぶ。

「ん?誰がですか?皆さん?え?私たち?」

「そう!ほかにすることないのかよ!」

 キャバクラの仕事を遊びか何かだと勘違いしている。

「いやいや。仕事だからね。逆に忙しいんだよ」

 私のため口スイッチが入る。

 悪い癖でイラつくと瞬間的に相手を睨みつけてしまう。

 オッサンがビビったのが見てとれた。

『お給金が発生すっからお前らみてーな単細胞の相手できんだろ!』

 お盆中は帰省や旅行で欠勤する嬢も多く、物理的に近場にいる嬢たちは店から出勤をせがまれる。

 断るのは簡単だがプライベートのスケジュールを調整して出勤し、店に恩を売るのもひとつの手なのだ。


 以後、オッサンが敬語で話しはじめたので私も敬語で牽制しあった(笑)。

「女性もいっしょに乾杯してもいいですか?」

 オッサンが幹事らしかったので、つけられた嬢のミッションとして全員分のドリンクをねだった。

 ボスや幹事について“仕事をしない”のは大ひんしゅくだからだ。

「あっちの社長に訊いて!」

「そっちの社長に訊いて!」

 たらいまわしにされ、ようやく全員分のドリンクを取った。

『どーせ飲ませんならすんなり飲ませて男上げとけって!』

 途中、加勢してくれる嬢もいれば他力本願で澄ましている嬢もいた。

 後者は、ほかの席でボスや幹事につくと、ちゃっかり自分だけ飲んでいる協調性のない嫌われ者だ。

 不思議な傾向なのだが、なぜか皆、平べったい顔をしている。

 性格との相関があるのだろうか?


 オッサンは私が退席するまで終始、敬語だった(笑)。

 嬢が入れかわり立ちかわりするなか、ドリンクは順調にふる舞われたが、盆暮れ正月にありがちな冷やかし客だったため、1セット(※キャバクラは45~60分程度の時間制料金)でお開きとなった。







 

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